役割分担

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朝の9時過ぎから買い物に行く。だいたい11時前後には自宅に戻れるから残り物で早飯する。飯は軽く済ませる。午後は水泳に行くので、満腹だと苦しくて泳げないから空腹の方が良い。ご飯は専用の容器に保存しているので、お互いに好きな時間に食べる。
買い物と料理は僕がする。妻は洗濯と掃除を担当している。生活費はすべて僕の年金で賄う。家賃と共益費は妻の負担。負担の割合は6対4で僕の方が多い。結婚当初に生活費は俺が出すと言った事が悔やまれる。今更撤回すると言い出せない。一度決めたことってなかなか変えられないんだよね。相手が得になることなら歓迎されるが、負担を求めるとなると、夫婦間でも難しい。強引に押し通せばできるけど、夫婦だけの

家計簿
食費(3万円)調味料(5千円)雑費(5千円)マッサージ(1万円)予備費(1万円)を毎月15日にそれぞれメッシュの袋に小分けして入れる。小銭用はビニールに入れる。食費は1日1000円以内とする。予備費は貯金し、小遣いは雑費や調味料、食費を節約するしかない。
こうしておくと目的以外に使わなくなるし、お金の流れもわかる。
カード決済分は31500円以内に抑える。米(3400円)ネット(4000円)ガス(6000円)電気(8000円)スマホ(5500円)NHK(1260円)サーバー(1130円)合計3104円
水道代は口座引き落とし(雑費)水泳も口座引き落とし(2918 円)
<年金収入月額96000円>(国保料と介護保険料金は年金天引き)

結婚してしばらくすると妻が腰痛で動けなくなった。病院で検査しても原因はよくわからない。ヘルニアとか神経系には影響がないのでほっとした。しばらく休養すると妻はコルセットをつけて職場へ通った。寮母という仕事は、入所者の入浴介助とかセンター内の掃除があり、結構な肉体労働なのだ。仕事から帰ってくると飯も食わずにグッタリしている。

疲れ切った妻の様子を見ていると、このまま仕事を続けるのは困難と思えた。住まいは公団住宅で、職員の住宅になっている。妻が失業すれば僕の年金だけで暮らすことになるかもしれない。月額9万円ていどでは家賃を払うと生活できない。家賃のいらない住居が必要だ。そこで思った。故郷の実家の敷地に小さな家を建てれば暮らしていけそうだと。足りなければ、二人で宅配の仕事をすれば良い。僕が車の運転をし、妻が伝票の受け渡しをすればなんとかなるだろう。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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