FB日記

スポンサードリンク

<不安>
リハビリセンターの寮母をしていた女を口説いて所帯を持ち、彼女が働き自分が家事をする暮らしを始めて30年が経過した。その間妻は一度流産した。子供がいなくて一抹の寂しさはあるが、まあ、結婚が互いに36歳と遅かったので、これはしかたがないと諦めている。

食費・公共料金の負担は自分が。家賃、車関係の費用は妻が負担。朝飯はパンとコーヒーをそれぞれがやる。中食と夕食は自分が作り跡片付けまで自分でする。掃除洗濯は妻がする。65歳になると介護保険料を払わねばならない。障碍者医療症を受ける場合は、後期高齢者保険料も払わなくてはならない。年金で細々と暮らす身にとっては苦しいところだ。

若いうちに老後に備えて貯金をしておけばよかったが、貯金などしたこともなかった。そのツケが最近出てきて慌てているが遅きに失した感が否めない。インターネットの出現で社会の形相は一変し、人々の価値観は多様化し、仕事の形態も一変した。中卒・土工あがりの老人にとっては収入の道を図ることは不可能に近く、将来の不安に対してオロオロするばかり。

<水中歩行>

最近水中歩行と地上でも足を上げて歩く練習をしている。そのせいかいくらか足を上げて歩けるようになった。おかげでこれまで分回し歩行だったものが軽減され、靴の先端がこすれて穴が開くことも少ないが、まだ時折こすれる。わずかでも足を上げて歩けるというのは実に軽く感じる。麻痺足は意外に重い。
これからも体全体を使っての歩行訓練を頑張ろうと思った。(2017/0211)


<運営会社が変わる>

今日は火曜日なのでクロスパル古賀は休館日。クロスパルの運営委託先が変更になるかもしれない。今はコナミだけど3月の議会でどこかに決まるのだろう。
施設の継続は心配ないので利用者とすれば一安心。だけど今度は職員が怯えている。職員はコナミの契約社員といえば聞こえがいいが、有体にいえばアルバイトだ。それでも職があるだけまだましであろう。
運営先がコナミから他の業者に代わると職員の再契約がなされる。時給とか勤務時間とか諸条件を考慮して、継続雇用か首になるか。そういうことで不安がっている。田舎だから仕事など簡単に見つからないので不安だろうと思う。
まあ、現実は厳しいねと言ってしまえばそれまでだけど。利用者としても慣れた職員の方が安心だ。とりわけ障害者にとっては介助がいる場合があるので慣れた人の方がいい。(2020/02/05)

<友リク>

僕の場合はゴーグルの装着が片手で出来ないので、プールの監視員に頼んでいる。視覚障碍者の誘導とかもあるし。コナミ継続が望ましい。しかし、我らは俎板の鯉。自分たちではどうしようもない。行政にも議会にも大人の事情というものがある。推移を見守るしかない。
数日前から良い方の腕が痛い。これから整骨院に行く。たぶん血管の中で血流が悪くなり、それが原因だと思う。血流が滞った場所へ鍼を打ち、内出血を起こして血流を促す。瀉血をしてもらう。モンゴルでは時々馬の血管をナイフで切って余分な血を出すということが伝統的に行われていたとも聞く。
炊飯器のスイッチを入れたらでかける。外は良い天気だ、ヤレヤレよかった。そうだついでにサンリブでバナナとコロッケも買わなくては。上原さんと石橋さんは招き猫でカラオケリハビリだ。あとで電話して石橋さんのFB友リクは届いたか確認しなきゃ。取り急ぎ送信。(2020/02/05)

<ケモナレ>

朝買い物にいく。急いで戻って早飯。11時38分の巡回バスでクロスパル古賀へ。水泳800メートール1時間。プールから上がって2階の大浴場で20分。マッサージ15分。3時30分の巡回バスで部屋に戻りアンパン食ってからHPとブログ更新。合間に夕飯の支度。喰い終わると後片付けしてHP手直し。ビルダー長いこと更新してないのでアップロードでエラーが出て戸惑い。HPよりSNSが格段に便利。もうHPは時代遅れだな。
カミさんは隣で山の中ですし屋探すテレビ見てる。
今日もなんとなく終わった。後はテレビ見て寝るだけ。もう獣になれない70歳。 (2020/02/05)

以前は蛍光灯だった。よく蛍光管が壊れるので妻に取り換えを頼んでいた。
天井にぶら下げるタイプだった。妻が椅子に乗って取り換える。椅子が倒れる不安があるのでLEDシーリングに変えてから取り換えの不安から解放された。LEDの寿命はどれぐらいだろうか。マニュアルには10年~5年で取り換えをお勧めするとある。まあ当分は大丈夫かな。
片麻痺になると電化製品の交換や設置やメンテにも難儀する。(2020/02/02)

昔はケータイは1円とかほぼゼロ円の時もあった。だいたいケータイで写真を撮るという発想自体が理解できなかったし、通話だけで満足していた。それがいつのころか忘れたが、ケータイ電話で写真を撮るというコマーシャルが出て驚いた。変なおっさんがケータイを真っすぐ向けてガシャンとシャッターを切る。
それからiモードという聞きなれない言葉が登場し、あれよあれよという間にケータイは進化し世の中に広まった。近代兵器はいらないと思っていたがそうも言っておられない状況が訪れ渋々ケータイを手に入れた。写真さえ撮れれば満足だったが、ある日写真の画像が揺れていることに気づいた。ここでやっと気づいた。これが動画というものではないかと。調べてみると間違いなかった。
さて、投稿マニアのおっさんとしてはインターネットに上げてみたくなる衝動にかられる。ユーチューブというもの上げると良いらしい。しかし、どうすれば良いのか首をひねってため息をついた。昔の物を懐かしむのもたまには良い。(2020/01/31)

The following two tabs change content below.
まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

まこっちゃん

最新記事 by まこっちゃん (全て見る)

スポンサードリンク