いかにして麻痺足を上げるか

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脳内出血による左片麻痺歴35年。(視床下部出血)
発病当初から強い緊張で、麻痺足と手の突っ張りが強くぶん回し歩行を余儀なくされる。
足首を上げようと懸命になるも、足首はあがらず。

<装具を付けて>
装具の下腿のベルトをを締め甲のベルトを外した状態。

装具を外して麻痺足を引き寄せると足首がひきつり内反する。

団地の入り口のフェンスが丁度良い高さなので手摺代わりにして、足を上げる練習を始めた。
30年まえから取り組んでいたが強い麻痺で全く上がらず諦めていた。足が上がらないで歩くにはぶん回しするか引きずるしかない。だからものすごく疲れる。

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装具を付けて強引に足を上げる練習をしていたころ

2019/01/22


足を上げて歩く訓練。サンコスモで。
突っ張りが強いのでぶん回しがなおらない。

2020/04/14
団地の前で古い知り合いに偶然出会い動画を撮ってもらう。足を上げる練習に固執。

2021年9月中旬、装具無しで足を上げる練習を始めた
団地の入り口にあるフェンスに掴まりながらやってみた。室内でやるよりもよさそうだ。35年も装具を付けていたので、足が細くなっている。ふくらはぎがほぼ無いので足首を上げるのは難しい。足を上げれば足首も上がるのだが、内反してひきつってしまう。ぶん回し歩行と装具の代償でこうなったのだと思う。

2021/09/20
別角度から

2021/09/21
買い物に行く前にリハビリ。足が上がるようになるとだんだん歩きやすくなってきた。

2021/09/23
足の上りが昨日よりも良くなった気がする。

2021/09/23
ちょっと歩いてみる。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

まこっちゃん

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