侮れないメールというツール

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メールはコミュニケーションの有効なツール

メールは現代を生き抜く私たちにとって、大切なコミュニケーションの手段となっている。特に秘密を要する場合には大きな力を発揮し、恋愛の必須アイテムだ。メールがうまく使えるか使えないということはその人の人生に大きな影響を与える。たかがメールでそんな大げさな。こそこそキーを打つなんて、面倒でやってられない。必要なら音声で直接話せばいいじゃないか。と考えてしまう貴方はメールの不思議な魔力を知らなさ過ぎ。


金や権力でで人が動く時代ではない

最近、教師や、警察官、裁判官といったお堅い職業の人たちがメールがらみで逮捕されて、失態をさらけ出す事件が相次いでいる。これはネットをナメていたからに他ならない。メールを使った恋愛に慣れていないと、わずかな期間メールが途切れだけでも、嫌われたんじゃないか。他に男が出来たんじゃないか。などと疑心暗鬼の堂々巡りに陥り、一人で抱え込んでしまう。まともな精神状態ではなくなって、最後は思いつめて犯罪に走ってしまう。

福岡県古賀市では元市民部長が妻と離婚して戸籍から除籍したとする「一部事項証明書」を自宅のパソコンで作成し、交際女性にファクスで送ったという事件もあった。

新潟県知事だった米山さんが、東大卒で弁護士と医師の資格を持つという華麗なる経歴の持ち主なのに、出会い系サイトで知り合った女子大生と1回3万円で援助交際にうつつを抜かして、世間に恥をさらした。財務省の高級官僚も女性記者に権力を利用したスクハラが露呈して辞職に追い込まれてしまった。

また、以前北米トヨタの社長が部下の人妻にセクハラで訴えられた。世間の笑いものになったことがある。かの老人は人々の心理の変化についていけなかったようだ。権力で女性をどうにかしようなんて時代錯誤もはなはだしい。

男と女のメールに対する感覚の違い

基本的に男は、メールがあまり好きではない人が多い。とくに、ちまちまと指でボタンを押さなければならないケータイメールは「面倒くさい」というのも手伝って、返信すらしない人がいるということを知っておいたほうがよい。

女性の中では「彼がメールの返事をくれない!」という悩みを持つ人がいる。そのため「どうして返事をくれないの!」と責めたり嘆いたりして、せっかくの恋をつぶしてしまったり……。
男は、コミュニケーションを「情報の伝達」ととらえてしまう。その一方で、女性はコミュニケーションを「感情の共有化」と考えている。つまり、男は電話やメールなどを「情報を伝える道具」としてしか、基本的に考えていない。女性の場合は「そうだよねー」「わかる、わかるー」といった、気持ちの伝達に使っているので、ここで男女のメールに対する認識の差が出てしまう。

つまり、男がメールをあまり送らないのは「必要がないから」。明日のデートの待ち合わせ場所など、必要があるときには使うのだが。でも、女性からもらった「今日はお昼に食べたカレーがすごくおいしかったよ」などのメールには、返信の必要性を感じない。だから、返信を送らない。それだけ。

ムダに心配したり不安になったりしないため、あるいは彼女がメールをくれないと怒っている心理がわからないと、嘆かないためにも男女のメールに対する考え方の違いを理解しておく必要がある。

筋力、武力、金力、権力で人を動かせる時代ではなくなった。そのことはアメリカのイラク戦争の失敗や中国のチベット問題に対する認識の甘さで露呈した。北米トヨタの社長氏が、部下の女性を口説こうとして失敗し、反対に権力を嵩にきた態度に反発した女性からセクハラで訴えられ法外な慰謝料を請求された事件が顕著に物語っている。

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最後に

女性と仲良くしたいならメールを有効に使うことである。メールを甘く見ていてはいけない。遠く離れていてもインターネットという細い線で男と女の脳と脳は繋がっている。そいう事実に気が付かないといけない。私たちはこれまで活字を通して意志の疎通をしてきた。日本人には和歌や連歌などの下地がある。なので文字が脳に与える影響は予想以上に大きい。

えーっと、まずあなたが「いかがなものか」と思う男性の姿を思い浮かべてください。その人たちのやってることと反対のことを心がければいいんです。

「いばらない」「説教しない」「知ったかぶりをしない」「ヘリクツをこねない」「下品な冗談を言わない」こういうことがたいせつです。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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