障碍者ノアールVOL1

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リハビリセンターでの入所生活は、午前中は2時間。午後からも2時間の理学療法や職業前訓練といったプログラムが組まれている。およそ100人の障害者が寝泊りしながら社会復帰に向けて、訓練に汗を流していた。

第1章

横唐忠則は、福岡県在住の48歳。34歳の時。1985年1月のことである。工事現場で脳内出血に倒れた。その後懸命のリハビリで独歩できるようになった。この体でどうやって飯を食っていこうかと考えた時、まずはとりあえず女が欲しいと思った。リハビリセンターにはいくらでも若い女がいた。理学療法士、作業療法士、心理療法士、看護師、寮母、調理員などなど若い女が盛りだくさんである。

一緒に暮らすならインテリはご免こうむりたい。リハビリ回復期で入院していた時、インターンの女医が担当になった。これ幸いと口説きにかかったが、相手にしてくれなかった。脳卒中で半身不随の男なんか見下している。医者を口説くのは止めた。リハビリスタッフの中から探すことにした。

理学療法士は足のリハビリを担当し、手の方は作業療法士の領域となる。足の機能は手ほど複雑ではない。手の動きは非常に複雑である。なので手の回復は難しいとされている。どちらかというと作業療法士の方に美人が多い。担当の由美子先生は小柄な可愛い系の美人だ。なかなかのインテリで意識高い系でもある。交際して連れて歩く分には申し分のない器量だが、一緒に暮らすとなるとどうだろうか。神経がこまやかそうな分理屈っぽくて面倒くさくも思える。

看護師の清香と寮母の理恵子にも目をつけて、密かに口説きにかかった。こっそりと手紙を書いて渡したり施設内で会うと小さく褒めておくのである。誉められて怒る人は、まずいない。たとえ誉めてくれる相手がおじいちゃんやおばあちゃんでも。綺麗ですね。可愛いですね。といわれれば人間誰しも嬉しい。ただしさりげなく言わねばならない。現代人は意外と誉められる機会が少ない。会社でも家庭でも学校でさえも、めったに誉められたりはしない。誉められるということは相手から認めてもらえるということだから、人はだれでも認められると嬉しくなる。ゆえに誉めるという行為は人間関係の潤滑油となる。

惚れては男の七分の損、という。惚れた分だけ損をするというのだ。惚れられて自尊心を強める女がいる。私になら惚れるのが当たり前や。こうである。場合によっては、惚れのめしてくる男を骨までしゃぶってやろうとさえなる。

色ごとは日常の取り留めのない会話から始めねばならない。そうやって相手の心中に密かに入り込み、頃合いを見計らって、やおら腰を上げるのである。とかく男は事を急ぎ過ぎる。急がねばならない場合もあるが、あまり急ぎ過ぎると下心を見抜かれて失敗する。
障碍者との恋愛も健常者との恋愛も基本は同じ。同じ人間がすることだ。よくいわれることに、障碍者だから恋愛ができない。障碍者だから結婚できない。障害があると結婚や恋愛ができないなら、健常者であれば恋愛も結婚もできることになる。でも現実はそうじゃない。障碍者でも恋愛して結婚する人もいる。反対に健常者でも恋愛も結婚も縁のない人がいる。

結局、その人にどんな魅力があるかに尽きる。人を引き付ける魅力があれば自然と恋愛もできて結婚もできる。もうひたすら己の人間力をみがくしかない。ただ恋愛というのは面白いもので周囲が反対すればするほど当人たちは燃え上がる「恋の反作用」とでもいううべき法則がある。ロミオとジュリエットの恋が好例だ。二人の家は敵同士なのだ。これほどのハンディはあるまい。

男女の仲には互いに惹かれあうという法則も本能として存在する。鶯のメスはチッチッと藪の中で鳴く。これは牡恋(チ泣き)といってオスを呼び寄せるためである。こうして出会いが始まりカップリングに成功すると愛の行為が始まる。こうして有精卵を産み落としたメスの鶯は巣の中で卵を温める。そしてしばらく抱卵が続くとヒナが誕生する。

本当の恋愛は、心と心がつながる情交(男女の親密な交際。また、男女の肉体的な交わり のこと。また、倫理にはずれた男女の肉体関係。色情のまじわり )普通は単なる性交である事が多い。

古には王様が奴隷に恋をしたということも多くある。世間知らずで生意気な貴族の娘よりも、苦労している奴隷の娘の優しさこそ本物の愛だと知った王様が、身分違いの恋にこがれるのである。周囲の反対があればあるほど王様は燃え上がり、王家の身分を捨ててさえ奴隷の娘と添い遂げたいと願う。こういう状況に陥ると恋の炎は激しく燃え上がり、火消しがきても間に合わない。

禁断の恋というのは普通の恋愛よりも快感の度合いがとてつもなく大きい。それはなぜかというと王様の脳と奴隷娘の脳が宇宙空間を通じてつながってしまうからである。本当の愛というのは体と体のつながりではなくて、互いが互いを必要とする本能のことといえるだろう。金銭や義務での体のつながりでは十分な精神的な満足を得られない。精神と肉体が一致してこそ本物の愛がうまれる。

では具体的にどうすればよいか。好きな相手のためになることに喜びを覚えることだ。相手のために食事の用意をしてあげたり。繕い物をしてあげたり。食料を調達してあげる。何よりも大切なのは相手を慈しむこと。女性には弱者をいたわりたい感情が男より強い。母性本能である。これは子育てをするうえで必要な能力だ。

恋の勝利者になれる障碍者は押しなべてボジティブな人が多い。障碍者が不遇な境遇にもめげずに前向きに頑張っている姿に感銘を受ける人は多い。特に女性はそうだ。中には彼のことは私が支えてあげなくては。そういう女性は意外と存在する。

清香も理恵子も清楚系の美人である。外郭団体の職員という立場上、入所者との恋愛は禁止されており、入所者に対してどこかよそよそしかった。

ある日のことである。午後の訓練室で由美子先生と二人切りになった。訓練室の奥にある作業小屋へ先生を誘い、物陰に隠れて抱きついてキスをした。先生は驚いて振りほどいたが、別段怒る様子もない。恋愛に免疫がないので吃驚して、どう対処してよいかわからない。入所者に訓練室で日中に襲われるるなど想像だにできないから何が起きているか分からずその場から逃れる事で精いっぱいなのである。看護師の清香は血圧測定の時に、手を握ると、にらみながらやんわりと振りほどいた。寮母の理恵子がリネン念交換で居室に来た時、イキナリ抱きついて、ベッドに押し倒してキスをした。慌てて押しのけると逃げるように出て行った。人間というものはある条件の中に挟まると平素とはまるで違う行動をとるものだ。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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