脳神経系の再生医療雑感

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再生医療のことが良く分からない。なんでも脳細胞をよみがえらせるという趣旨のようだが、一部の脳細胞を再生させたとして、それが麻痺の改善に繋がるのだろうか。一部の運動神経の再生に成功したところで部分的な動きが出るのがせいぜいで、実用性には程遠い気がする。再生医療の事はもう20年ぐらい前だったと思うが、NHKが特番で札幌医大の脳梗塞の再生医療研究を放映した。
登場した患者は50代ぐらいで、脳梗塞の発症後間もない上り松という名の男性だった。指が動いたり腕が動いたりもしていたが、とても日常生活で使いものになるとは思えなかった。系列の病院から入院中の麻痺の程度が軽い患者を抽出し、治験を行うものだった。まあ、アレなら自分でリハビリしてもかなりの改善が見込めた。
この番組の放映で、世の脳卒中患者は色めき立ち、片麻痺系患者の間では賞賛の嵐である。みなが希望をつないだ。それから山中伸弥教授がIPS細胞の研究でノーベル賞を受賞し、再生医療への期待はさらに膨らんだ。山中教授は度々マスコミに登場し、IPSを使えばパーキンソン病は治ると言いだし、一躍時代の寵児へと躍り出た。
再生医療で重篤な病気も治る時代の到来と言われて何年が経過しただろうか。それから安倍政権でIPSへの研究予算は打ち切られた。製薬業界や医療業界からの政治力学が働いたのである。政治や新薬の開発には莫大な予算が必要なので、研究者らには製薬会社の支援は欠かせない。
二位じゃだめですか、と舌鋒鋭く切り込む野党議員を恐れ各分野の基礎研究費削減された。その影響で日本でコロナワクチンの研究は頓挫し、外国からの輸入に頼らざるをえない状況にある。
飛ぶ鳥をも落とす勢いだった山中伸弥教授も、最近は万策尽き果てたのかどうかはしらないが。クラウドファンディングで、自分たちの研究に一口1000円の寄付をSNSで募っている。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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