脳卒中片麻痺おっさんの、オフ会デビュー

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200811161321

インターネットのオフ会に初めて参加したのは五六七倶楽部の2000年の東京オフ会が最初だった。ふだんはメールで会話するだけで本物の姿は知らない。北海道から九州にいる会員が一堂に会するというので興味津々だった。このころから飛行機のチケットが格安で売りだされていた。福岡~東京が12000円というので是非、これを取りたいと思った。このチケットを取るには1ケ月前からの申し込みが必要で、インターネットで簡単に出来ると教えられた。しかし、実際に航空会社のホームページに行ってみると、目的のページへたどり着くだけで一苦労である。それから希望の便名を探して申し込む。予約番号を控えて近くの旅行代理店で料金を払ってチケットを購入という流れになっていた。飛行機のチケット購入というのは複雑で面倒なので匙を投げた。飛行機は諦めて新幹線で行く事にした。

JR古賀駅へ行ってのぞみのチケットを手配した。重度障害者の場合、手帳を出せば料金の割引が受けられる。距離100キロ以上は普通乗車券が半額になる。特急券はならない。新幹線は快適だが一人で6時間も乗っていると退屈だ。それでも結婚式に行く時に乗った寝台特急隼や帰りに乗った200系ひかりに比べると300系のぞみはずいぶん早くなっているのだが。費用は小遣いを貯めて当てた。普段はほとんど家にいるので小遣いを丸ごと貯められるのだ。

オフ会当日の宿泊先は皇居半蔵門近くにある福岡会館である。江戸時代の福岡藩邸の跡地にある。福岡県の東京出張所が置かれていて、安価に泊れる宿泊施設を備えているとう情報をネットで入手していた。誰でも利用できるが、福岡県民には割引があった。

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初めまして

オフ会の会場は新宿駅南口から少し歩いた場所にあるツインのビルだという。直接会場へ向かうのではなく、遠方から来る人は代々木駅に集まる事になっていた。北海道・茨城・九州のメンバーが集合する手筈である。僕はタクシーで代々木駅へ向かった。改札口の前には数人の中高年の男女がたむろしている。近づくと、

「寅蔵さんですか」

だいたいの様相はメールで知っているので、直ぐに察しが付いたようだ。

「シマフクロウさんですか」

たぶんこの人がそうだと思って返事を返すと、

「はい、そうです」

という、それから一気に盛り上がって、みなが輪になって、ハンドルネームで自己紹介をし合ったの改札を出てくる人たちが怪訝そうな顔で通り過ぎて行った。

代々木駅から新宿駅までは都内在住の会員が案内してくれた。夕方のラッシュ時の新宿駅の混雑ぶりは聞きしに勝るもので、吃驚した。

高層ホテルのレストランが会場にセッティングされていた。入り口には受付が設けられている。名前を言うと「寅蔵」と書かれた名札を渡された。胸に付けると会費8000円を払って中に入った。結婚式場のように丸いテーブルが置かれている。めいめいが思い思いの席に着いた。50数名が座ると幹事さんがマイクをとって挨拶を始めた。それから直ぐに料理と酒が運ばれてきた。そして一人ずつ席から立って自己紹介が始まった。酒が入ると宴会は大盛り上がりとなって、2時間が過ぎるとお開きになった。これが僕のオフ会デビューとなった。

最後に

当時はやっと航空券の割引が始まったばかりで、45日前割とか、なんのことか意味も分からずにいた。先輩に言われるままにサイトにアクセスしても、どのように申し込むのかわからない。やむなく新幹線で上京したわけだが博多から~東京まで6時間もかかるのでさすがに疲れた。しかしながら中学出てすぐ福岡のトラック会社に就職したら東京工場へ転勤させられた。あの時は急行列車で19時間もかかった。もうそれこそ尻が痛くてたまらなかった。昔の2等列車の椅子はとても固かった。今は飛行機だと1時間30分のフライトで羽田へ着く。時代の変化は速い。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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