一度辞退した障害年金の復活はあるのか

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乙武君がこんな↓ツイートしてるので驚いた。

「いよいよ貯金が尽きてきたので、泣く泣く、私にとっては体の一部のような愛車(電動車椅子)を手放すこととしました。ヤフオクに出品させていただいたので、みなさんどうか高く買い取ってやってください。」

テレビに出たり、有料のオンラインサロンを立ち上げたり。SNSで活躍したりと順調に思えた復帰だが、現実は違うのかな?
しかし、あの体で車いすがなかったらどうにもならんだろうに。家賃40万のマンションを引っ越すとか。6百万円のワンボックスカーを処分したり。スタッフの数を減らすとか。

ヤッパ、障碍者はうまくいってるからといって調子に乗らない方がいいね。特に、政治家になろうなんて思わない方がいいみたい。政治家になるって、統治する側に回るってことだから。それは世間がゆるさないだろう。都知事とか参議院とかに色気を見せ始めたころから世間の風向きが微妙に変化したことを読めなかった。

教育委員会とかガッコの先生とかで我慢しとけばよかったのにね。世間の皆様のおかげで障碍者は暮らしてゆけるということを改めて肝に銘じなければとそう思った。

ま、今更泣き言いってもしょうがないだろうから、乙武君の今後の
健闘を祈る。

乙武君の投稿を見て思い出したことがある。

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1990年のことである。

行きつけのガソリンスタンドの店長が障碍者だった。35歳ぐらいで左の手首から先がなかった。長崎の生まれで、母親が被爆者で、その影響で手首の欠損で生まれてきたという。身体障碍者3級の認定を受け障害年金を受給していた。彼は手首がないとはいえ、器用に車の洗車や給油をこなして、本人の努力もあって店長にまでなった。妻と子供がいて、マンションも購入した。妻もパートに出ていた。

世はバブルの絶頂期である。彼の収入はかなりの金額に上った。おまけに障害年金まで受給している。妻にも収入がある。あまりの幸せに彼は障害年金の受給を辞退してしまった。それからすぐにバブルが弾け不況へと突入し、やがてガソリンスタンドは閉鎖されコンビニになった。

そして他にもう一人、

車いす利用の脳性麻痺者がいて、裕福な家庭の育ちで、アパートを経営していた。家賃収入で十分暮らしていけるので障害年金の事態を申し出た。

最後に

バブル絶頂期にあり、何を勘違いしたのか彼らは好景気が永遠に続くと思った。日本の景気が狂気のようになっていた時代だからあのような仕儀となったのだろう。今なら障害年金を辞退するなんて考えられない所業である。今彼らはどんな暮らしをしているのだろうか。そして一度辞退した障害年金の復活はできるのだろうか。

気になったので検索して調べてみると、申し出を撤回すると支給が開始されるというので安心した。

乙武君のツイートはエイプリルフールかもしれないとの指摘があった。ならよいのだが。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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