急いては事を仕損じる

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首都圏でSOHOをしながら一人暮らしをしている奈美子と留蔵がメール交換を始めたのは1999年2月のことである。某有名掲示板で奈美子へ次のようなメッセージを見て留蔵からアプローチのメールを送った。

<メールフレンド募集>

○○県で在宅勤務しています。設計の仕事なんですが、一日中ひとりでパソコンに向かっていると、無性に誰かと話したくなります。 どなたかメール交換をしませんか。

相手は31歳という若さだから、多分返事はもらえないだろうと思いつつ丁寧な文章で書いたメールを送ってみた。しかし次の日には奈美子からOKの返信が来て、留蔵はすっかり嬉しくなった。

いつも苦労して見つけたメールフレンドなのに2~3通目から、あなたに好意を持ちましたといった雰囲気のメールを送るととたんに返事が来なくなる。今度はじっくりメール交換してみよう。そして十分な頃合を見計らってお茶にでも誘ってみよう。

その日の出来事などを几帳面に毎日送っていると奈美子も次第に打ち解けた雰囲気になってきた。フィレットを飼っているんだと言ってスキャナーで取り込んだ画像を送ってくるようになった。

留蔵は、画像入りのメールは初めての経験だったので嬉しくなり、奈美子さんはすごいすごいを連発した。ずっと年上の男からでも誉められると嬉しいらしく、彼女はメールに画像の入れ方まで指南してくれた。

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画像の挿入について

そちらのメーラーは確かOutlookでしたよね。メール画面で挿入 画像 参照を選択すればよかったかしら。私はネットスケープなので、間違っていたらごめんなさい。」

留蔵は最初何のことかわからずちんぷんかんぷんだったが、奈美子の教えとマニュアルとニラメッコして画像入りのメールを初めて送信できたときの喜びは忘れられない。メールの雛型の使い方も教わった。留蔵のロゴマークを英字で作ってくれたりもした。ここで送られてきた画像の文字が動くようになっていたので、留蔵は驚愕した。そしてこの画像を保存する方法も丁寧に奈美子は指導してくれた。

留蔵は、次第に奈美子にひかれていった。パソコンで図面を引いたり、SOHOという最新の仕事をこなしている彼女を尊敬すると共に真面目な気持ちで好意をもったのである。

留蔵は奈美子への想いをいつ打ち明けようかと悩んだ。もっとゆっくりメールを重ねて5月ぐらいに打ち明けた方がいいのではないかと思った。しかし、男という生き物は女性対してすぐに恋愛モードに入りたがるものだ。まだ早い。ゆっくりゆっくりいくんだ。

あせりは禁物だ。とわかっていながら、ついつい、貴女のことが好きになってしまいました。とメールに書いてしまうのだ。

案の定である。その夜のうちに、メールはやめたいと思います。という返信が来た。

ああ。またか。あせりは禁物だとわかっているじゃないか。何度も失敗しているのにまだわからないのか。とでも天からの声が聞こえてきそうになり、頭を抱える留蔵であった。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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