ネカマ

スポンサードリンク

2000年

町子は都内で外国人向けの日本語教室の講師をしていた45歳。容貌は、大柄でタレントの秋田ミチを想わせる。サラリーマンの夫と成人式を終えたふたりの息子と都内の一戸建てで暮らしている。

不況の影響でリストラが始まり、生活に余裕のある彼女が、辞めざるをえない雰囲気を拒否するのは難しく、自主退職してから半年が過ぎた。

最近、町子は家族のために食事の用意をすることがおっくうでたまらなくなった。

退屈しのぎに始めたインターネットでは息子のような年代の若者たちとチャットやゲームで対戦して遊んだ。しかし彼らとの交流にもすぐに疲れた。

なんとなく満たされない気持で、関東エリアの出会い系ホームページを閲覧していた。 登録者は20代がほとんどである。30代もたまに見かけるが35歳を越えると親父扱いの雰囲気がある。そんな中にヘンテコリンな書き込みを町子は見つけた。

スポンサードリンク

中年メールレディー募集

「48歳。田中留蔵と申します。1年前まで、九州の山奥で猟師をしていました。しかし、近年の開発で山にはイノシシや鹿がめっきり減り、おぢいちゃんも山を下り、街で暮らすようになりました。私は炭焼きをして耐えていたのですが、村役場で福祉を担当している女性に説得され、山を下りる決心をしました。彼女から、これからはコンピュータの時代だから勉強しなさいと言われ、ただいま猛勉強中です。街の暮らしになじめず、寂しい思いをしています。こんなわけでメールフレンドを探しております。友達になっていただいたらメールでイノシシを送ります。どうか宜しくお願いします。」                田中留蔵

町子は若い男たちとのメール交換やゲーム対戦にも飽きてきたので、退屈しのぎに、メールを送った。

「件名:始めまして」

「東京の町子といいます。留蔵さんよりも少し歳下です。昼間退屈しているのでメールで気楽にお話しませんか。

イノシシ楽しみにしています。 」    町子

留蔵は熊本に住む48歳の流通関係のサラリーマンだ。妻と大学生の子供ふたりの4人家族である。住まいは妻方の実家の敷地にマイホームを建てた。スープのさめない距離というやつである。土地代がかからない分妻の実家に対して肩身が狭い。

農協の役員をしていた義父は孫たちに大甘だ。子どもがほしがるものは何でも買い与えて、孫の機嫌を取る。内心留蔵は迷惑に思うが、それを口にすることはできない。妻はしょっちゅう実家に入り浸っているし。子どもたちは友人たちと遊び回って深夜にならないと帰ってこない。

そんな留蔵の唯一の楽しみはインターネットだ。特に女性とのメール交換は楽しい。青春時代に返ったように、ワクワクドキドキする。

油断

インターネット歴は3年になる。以前メール交換していた、関西の主婦から突然メールが来なくなって半年が過ぎた。メールの来ない寂しさに耐えかね、必死でメールフレンドを探していた。

この世界の男女比率は8対2で圧倒的に男が多い。女性のメールフレンドを確保するのは骨がおれる。特に40代以降ともなれば、絶望的といってよい。

それでも男たちは異性のメールフレンドにありつこうと必死になる。男の目的はいわずもがなである。実際に会って好き好きをしないまでも、オンライン上で文字で会話をするだけでも疑似恋愛を楽しめる。デートの費用は只同然である。何より未知の女性と秘密を持つということが精神の異様な高ぶりを見せる。

留蔵はわざとダサいハンドルネームにして目立つようにしたつもりである。しかし登録後2月が過ぎても待てど暮らせどメールは来ない。  やっぱり、「留蔵」などというハンドルにしたのが失敗だった。と反省していた矢先に町子からのメールを受信した。留蔵はこの女を逃すまいと必死でメールを送った。

昼間も会社からこっそりメールを送った。夜は、寝る前に必ずお休みメールを書いた。

町子も退屈しのぎに、田舎者をからかってやろうと思っていた。しかし、九州男児の熱いメール攻撃に少しずつトキメキを覚えるようになった。

ある日、留蔵からネットラブを誘われた。町子は噂には聞いていたが、まだ体験はなかった。3度目に誘われたとき、誘惑に乗ってみようという気になった。家族がいない昼ならばという条件でOKした。

ある日曜日の午後2時。アクセスすることを約束した。留蔵の妻はほとんど実家に入り浸っているので、こんなときは都合がよい。

 

「件名:いますか」

「 いますか?いたら返信して。 」  留蔵

「件名:REいますか」

「いるよ。 」                    町子

「件名:REいますか」

「好きと言って」 留蔵

 

 

それから応答がなかった。

最後に

しばらくしてから画像付きのメールが送られてきた。画像を見て留蔵の背筋が凍った。添付されていたのはハゲ頭の男の写真である。なんと留蔵は男を相手にしていたのである。男が女のふりをしてメールでからかうことがあるとは聞いていたが、まさか自分がネットオカマの餌食になるとは考えもしないことであった。

 

The following two tabs change content below.
まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

まこっちゃん

最新記事 by まこっちゃん (全て見る)

スポンサードリンク