嗚呼、膝が曲がらない。動画で見るリハビリ備忘録。

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1985/01/16
脳内出血発病し左半身不随の後遺症。
正確な原因は不明であるが、生れつき脳の血管に瘤があり、急激な血圧の上昇で視床下部の血管が破裂した。と推測される。医師の診断名は高血圧性頭部内出血。

血圧は120~80と安定していたがなぜこうなったのか。当時土木作業員として九州自動車道の工事が急ピッチで進められており連日突貫工事に明け暮れていた。そういう状態が3年以上続いていたのでストレスは極限に達していたが34歳という年齢で持ちこたえられていた。仕事中に倒れたので労災を申請したが棄却された。

1985/05/
<筑後病院にてリハビリ入院>
緊張が強くて手足の突っ張りが強くて反張膝が酷い。短下肢装具着用でぶん回し歩行にあけくれる。

1987/11/01
<福岡県リハビリセンター入所>

屋外歩行訓練後リハビリセンターの入り口で一休み。

リハビリセンターの寮母と結婚し主夫となり買い物と屋外歩行がリハビリと化す。

2019/01/22
福祉センターサンコスモにて歩容確認の動画を依頼。

2019/05/03
福岡県障害者スポーツ大会へ行くために古賀市役所に集まる。

2015/08/07
団地の廊下にて弟にデジカメを渡し撮ってもらう。当時スマホは持っていない。

2020/04/04
コロナで緊急事態宣言。ホームスティを機にリハビリに勤しむ。床に屈むことから始め立ち屈みに移行。これ結構辛いです。

2020/04/23
だいぶん慣れてきた。

2020/05/24
装具無しで室内を歩く。

2020/06/19
肩を回す。

2020/6/22

2020/11/25
物につかまらなくても立ち屈みができるようになる。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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