キャンセル

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真葛と次郎が知り合ったのはSNSの障害者グループが始まりだった。

次郎は長崎在住であることから、諫早湾の干拓事業で多くの干潟が失われ、水鳥やムツゴロウたちの生息場所がなくなることに強い関心を持ち、自分でもホームページを作って訴えていた。

ふたりのメール交換が始まったきっかけは、SNS経由で次郎のホームページを訪れた、真葛が感想メールを送ったことだ。

次郎は、長崎で水産関係の職場に10年勤める。30歳の軽度の肢体不自由者で独身である。身長は174センチ。体重は63キロ。髪はやや長い。彫りの深い端整な顔立ちをしている。付き合っている女のコはいるが、次郎は結婚までは考えていない。性格は少々せっかちである。

真葛は京都で福祉関係の仕事に就いている、銀パソが良く似合う27歳。独身だ。身長は160センチ。体重は45キロ。細面で、色白の京都美人である。公務員を定年退職した父と母と弟の4人暮しをしている。性格はかなりワガママな方だが、美貌がそれをカバーする。

次郎はバードウオッチングにも興味があり、デジタルカメラで撮影した鳥の写真をホームページで公開している。去年の営巣期に撮影したメジロの写真が殊の他よく撮れており、次郎お気に入りの作品である。

メジロの巣はなかなか発見しにくい。巣の素材としてコケを多用するので、樹木と同化して巣が直前にあっても注意深く観察しないと見過ごしてしまう。

ぴょんぴょんと2羽のメジロが小枝を渡り歩きながら営巣する姿を捉えた1枚はとても素人が撮ったものとは思えないほどの出来栄えである。

真葛はこの写真に感動して、ホームページへの感想メールを送った。

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戸惑い

始めまして。干潟と鳥たちのメーリングリストの真葛と申します。メジロの写真感動しました。初めてです、メジロの巣作り。これからもがんばって良い写真をアップしてください。

真葛

次郎はこの励ましのメールが嬉しくてお礼のメールを送信した。すると1週間後に真葛からまた返信がきた。とりとめのないメールだが、それでも個人宛てに来るメールは嬉しい。

こうして1月ほど日常のなんでもない出来事をメールし合ううちに少しずつ親密さが増していった。真葛はある日、身の上話を書いて送信した。

「件名:こんにちは」

私はいま、彼とのことで悩んでいます。彼の会社が昨年つぶれたの。一応結婚の予定だったけど、彼から、真葛よりも良い仕事に就いてからでないと結婚は出来ないと言われ、戸惑っているの。

彼は自尊心の強い人だから、以前のように一流商社へ再就職が希望なのよ。でも現実は厳しいらしくて、彼もそうとう悩んでいるわ。私は黙って見守ってあげるしかないのかしら。

こんな訳で彼との仲もギクシャクしいて、お花見にも今年は行けそうもないわ。今日も仕事なの。           真葛

桜花の候。職場の花見から帰って次郎はこのメールを開いた。読んで可哀そうに思った次郎は励ましのメールを送った。

「件名:お花見してください」

そうなんだ。大変だね。そのうちに彼にもきっと良い仕事が見つかるよ。

メールでお花見してください。がんばってね。 次郎

優しい人らしいわ。真葛はこのメールを受信して嬉しくなった。次第に真葛も好意的なメールを書くようになっていった。

次郎も好意に満ちた親密なメールを毎日送った。そして、ある日、次郎は思い切って告白のメールを送信した。

告白

真葛さん、突然ですが、僕はあなたに恋をしてしまいました。見たことも会ったこともないのに、そんなバカな、とお思いでしょうが、確かに真葛さんからのメールを待ちわびている自分がいるのです。

最近はあなたのことばかり考えてしまいます。先日も会議中に真葛さんのことを考えていてポカしてしまいました。

告ろうかどうか、ずいぶん悩んだのですが、この気持を真葛さんに知ってほしくて決心しました。僕はあなたのことが好きです。好きで好きでたまりません。           次郎

真葛は次郎から告白のメールをもらって素直に嬉しかった。彼との間に別れ話も浮上していたのでなおさらである。真葛は次のように書いて送信した。

「件名:有り難う」

女ですから好きといわれれば嬉しいです。

もっと好きになってください。    真葛

次郎はこのメールを受け取ってからマジで恋に落ちてしまった。最初は、気楽なメール交換のつもりだったのが、空想の世界から抜け出して、次郎の心の中に確かに真葛という女性が存在するようになった。

メールの摩訶不思議な魅力を知らないと、そんなバカなと思われがちだが、確かに文字と画像を駆使すれば感情のやりとりができて、恋愛が成立するのだ。

毎日熱心に愛を告白してくる次郎に対し、真葛はからかわれているのではないかと思い、そのことを伝えた。次郎は驚いて次のメールを書いて送信した。

「件名:大至急」

昨夜はよく眠れなかった。理由は君から「からかわれているのではないでしょうね」というメールをもらったからだ。からかっているなどと言われて僕は気が動転してしまった。

最初はそうでもなかったが、今は真葛のことが好きだ。どこがどんなに好きなのかということだが、男が女を好きになるのに理屈はいらない。好きなものは好きだとしか言いようがない。僕は不器用なので上手い言いまわしができなくてゴメン。

今度の日曜日。真葛に会いに京都まで行くよ。最終の新幹線までは一緒に過ごせる。どうしても真葛に逢いたい。時間を作ってほしい。30日のお昼頃には京都に着けると思う。こっちの携帯番号を知らせます。君の番号を教えて。今日中に新幹線の手配をしたいので返事がほしい。

090-********

次郎

真葛はこのメールを読んで吃驚したが嬉しかった。

不安

「件名:こんにちは」

「どこまでほんとなんですか?

携帯伝えます。

090-********

ちょうど30日はあいています。いつもは仕事なんですが……。 」        真葛

次郎は金曜日から連休を取っていたので自宅の電話で新幹線の手配をすませ、到着時間を真葛に知らせた。

「件名:大至急 」

「列車の手配したので知らせます。

博多発~東京行 のぞみ12号

京都着は12:09です。

12:30分、みどりの窓口で待っています。」                     次郎

真葛は次の返信メールを書いた。

件名:RE 大至急

「ほんまに来てくれるの?まだ実感がないです。どうしたらいいんでしょうか。」

真葛

土曜日になると真葛の気持は急に変った。その場のノリであんな返事を書いたけど、いよいよ空想の世界が現実のものとして形を現してくると知らない相手とデートすることが怖くなったのである。

件名:ごめんなさい

「やっぱり来るのやめてもらえませんか?

文字で好きになっただけで、何も知らないし……。来ていただいて逆に迷惑になりそうで……。メールだからお互いに好きになっただけのような気がします。

ちょうど彼とも別れて寂しさからメールにしまりました。勝手でしょうか。ですよね。

キャンセルしてください。このまま京都に来てしまったらあかんような気がします。」                          真葛

了解

次郎は断りのメールをもらってから、はっとわれにかえった。そう言われればそうである。こんなに簡単本当の恋愛が始まるとも思えない。さっそく駅にでかけてキャンセルの手続きをとると次のメールを送信した。

「件名:了解です」

「そりゃあないよ、という気持ちですが、真葛さんの気持もわかりますからチケットはキャンセルしました、了解です。

メールはこのまま続けますか?それとも止めますか?僕はこのまま続けたいけど…。」                      次郎

真葛からは次の返信メールが届いた。

「件名:RE 了解」

「電話で話しようかと思っています。気持はそのまま受け取っていただき有り難うございました。メールはこのままでお願いします。

いきなり会って好きという感情が出ないやろうしで、来ていただくのをやめただけです。もっと電話やメールして、お互いにもっとわかったら京都に来てください。今の情態では心理的に不安だということです。そりゃあないでしょう……。ですよね。ホントにごめんなさい。ありがとう。」                 真葛

予定していた30日は雨になった。次郎は自宅でネットや読書で暇をつぶした。午後2時頃携帯が鳴った。

「モシモシ誰だかわかる?」

「……。あ、真葛さんだ。」

「こんな声やねん。昨日はごめんね。本当は会うのが怖かってん。」

「うん。でも。それが本当だよ。若くていい声だね。」

「昔。マクドのお姉さんしててん。せやから、マクドスマイルと若い声は今でも得意やねん。」

次郎は、受話器から流れる甘ったるい10代のような声に甘ったるい声に魅了された……。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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