キャンディーの事情

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2000年

渡辺健次郎は、西日本の地方都市に住む38歳。親代々の酒店を経営していたが、近年この業界も競争が激しくなり、激烈な価格競争にヘコたれて店をたたんだ。

これからはインターネットの時代だと、商工会青年部の会合でさんざん聞かされていたので、最近ようやく重い腰を上げてインターネットに取り組んでいる。当初は戸惑うこともおおかったが、少しわかってくると意外に面白く、今はすっかりネットにはまっている。

多少の蓄えと親の遺産を合わせれば当分の間生活には困らない健次郎を筆者は羨ましく思う。

健次郎は、散歩がてら最寄りの図書館へ新聞を読みに出かける。廃業してから新聞をとるのはバカバカしくなって止めたからだ。

ニュースはテレビで事足りるし。読みたい記事も少ない。それに誌面は広告が多すぎる。毎日のチラシの量もすごい。日曜日の新聞など、半分は折り込みチラシである。

これでは毎月3500円の購読料を払って広告を読んでるようなもんじゃないか。

「人をバカにするな。」

と健次郎は路傍の空の缶ジュースを思いっきり蹴った。

いつも9時半頃部屋を出る。だいたい11時半頃までを図書館で過ごすのが日課だ。12時には部屋に戻ってテレビを見ながら昼飯を食べる。テレビのニュースを見たあと「笑っていいよね」にチャンネルを変える。テレホンショッキングが終わるとしばらく休む。

その後PCを立ち上げ、メールチェックすると東京のキャンディーからメールが届いていた。彼女は、都内の某整形外科病棟勤務の30歳、独身である。

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悔しくて

「昨夜は深夜勤だったからお昼近くまで爆睡していたの。お返事がおくれてごめんなさい。昨夜は急患があって忙しかったの。最近、婦長さんがなかなか休みをくれなくて。サムさんが羨ましいわ。仕事を忘れて一日ボォーとしていたい。

午後、お友達と代官山で待ち合わせてるの。今日はこのへんで失礼するわ。宇宙人サムさん。奥様を大切にしてあげてください。浮気なんかしてはいけませんよ。メッ。キャンディー。」

宇宙人サムというのは健次郎のハンドルネームなのだ。

キャンディーは、1年前まで同じ病院の医者と付き合っていた。しかし、半年前、妻に気づかれたからと、別れ話を切り出された。彼女はしかたなく別れた。

ところが、しばらくすると別れた彼が別の看護婦と付き合っているという噂が耳に入った。それもよりによって、キャンディーが仲良くしているA美とつきあっているというのである。A美もキャンディーがつき合っているのを知っていた。

それなのに。なぜ……。キャンディーは、裏切られたことのショックからしばらくの間、抜け出せなかった。ようやく失恋の痛手を忘れようという気になり、PCの勉強を始めた。

PCをやってると夢中になれ、嫌なことを忘れられた。気がつけば夜中ということも何度か経験した。

最近やっと、キャンディは失恋の痛手から立ち直ろうと努力する、気持のゆとりができた。新しい発見をインターネットに求めた。某、掲示板にメールフレンド募集の書き込みを行った。

この書き込みに最初にメールを出したのが健次郎だった。こんな風に健次郎とのメール交換は始まった。健次郎は、次のような返信メールを書いた。

「件名:キャンディーヘ」

さっき図書館から帰ってメールチェックするとキャンディーからのメールが入っていました。嬉しかったです。こっちはよい天気ですが、東京はどうですか?そっかあ。昨夜は夜勤だったのかあ。ナースのお仕事、大変だね。あんまり無理しないようにしなよ。僕も午後から散歩と買い物にでかけます。

                          空気のような…

健次郎は、近くのスーパーへ歩いて夕食の買い物にでかけた。男が厨房に立つことには多少抵抗があった。しかし、一日中家にいてもパソコンの外することも無いので、自分から夕食の支度は買って出た。

夫婦ふたりだから手の込んだものを作る必要もない。今夜はタケノコとフキの煮物。アサリの味噌汁。冷やっこ。アジの塩焼きにするつもりだ。

「ただいまあ。」

6時になると妻の恵子がパートから帰ってくる。テレビを見ながらふたりだけの夕食が始まる。ただモクモクと食べるだけで、子どもがいないせいもあってか、夫婦の会話はほとんど無くなった。

長年連れ添った配偶者のことを空気のような存在と言うが、健次郎と恵子の間も正にそれである。お互いに不満はあるが、とりたてて言うほどの不満でもない。

誰だって多少の欠点はあるものだ。

健次郎は恵子のことを愛している。これは間違いない。しかし、それは女としてではなく家族愛である。夫婦生活も絶えて久しい。

夕食の片付けを済ませると健次郎は再度PCの前に座った。名古屋のメールフレンド洋子(45歳公務員 ×1独身)からメールが入っている。読んでみたが、最近、体の調子が悪いとか、愚痴などの暗い文面である。差出人に返信するモードで適当なコメントをつけて送信した。

現在、キャンディーを入れて健次郎には6名のメールフレンドがいる。お堅い人柄の洋子とは自然消滅してもかまわない、と健次郎は思うようになった。

人生は短い。世間の良識を押し付けられて、行儀の良い一生を過ごすなんて窮屈きわまりないではないか。

そして、キャンディーから写真付きのこんなメールが届いた。

お願いの意味

今晩は。今日は貴方にお願いがあってメールしました。昨日彼とA美が病院の中で仲良く話しているのを見て超ムカツきました。ふたりに復讐してやりたいので手伝ってくれませんか。お願いです。ひとりでは勇気が出ません。テレビドラマのような大袈裟な物ではなくても良いのです。このままでは口惜しくて。一度会ってゆっくり話しを聞いてください!

写真を見れば、キャンディーはなかなかの美人である。これは面白くなってきたぞ、と健次郎は思った。しかし、これがメール恋愛商法と呼ばれる詐欺の導入部分だとは、思いもよらなかった。

会員制で3~40代の主婦が多く信頼出来る人が多いので入会しないかと誘われたのである。入会金が3万円と高い気もしたが、知り合いのメールフレンドの言うことなので、信用して指定の銀行口座に振り込んだ。

お金を振り込んでからキャンディーからのメールはパッタリ途絶えた…。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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