障害年金診断書雑感

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片麻痺は永久に治らないというのが医学界の定説である。しかし、障害年金の診断書は3年~4年に1回(個人差がある)再提出を求められる。絶対治らないと医者が太鼓判を押したのにである。
なぜだ、治らないと国家がお墨付きを与えたというのに、再吟味とはいぶかしい。本当の所では回復の余地があるのだろうか。それともインチキをする輩がいて不正を見抜くチェックだろうか?
診断書の必要な身体状況の測定はOTなりPTと呼ばれる連中がする。握力測定で力一杯握れというからウンウンうなってやると7キロは出る。どうだ、見たか。と言いたいところだが、握ったまま離せない。これでは役に立たない。だから全廃とか廃用手と言われる。
しかし、診断書には握力7キロと記入される。これを見た年金機構の判定医がどう思うか。7キロも握力があるのなら少しは使えるだろうと思う。なにせ、本人を面接しないで、紙きれ1枚で5分ほどで判断せねばならない。書類に書かれた文言が全てである。握力0と書かれるのと7キロと書かれるのでは判断に差が出るだろう。
全廃を宣言したのなら計測しないで0と書けよ。と言いたいが若くて世間知らずだったころは言えなかった。病院との対立は怖くて…

障害年金の判定は昔は各都道府県で行っていたのですが、判定にばらつきがあるので、東京の日本年金機構でやるようになりました。300名の医者が契約して判定に当たります。全国から毎日多数の診断書が送られてくるのでゆっくり見ている暇などありません。
わずかな時間で判定をしなければなりません。1通の診断書を見る時間は5分だと言われております。片麻痺の診断書には身体の事細かな計測が書いてありますが、見るのは医者の意見書「就労は不可」とか「労働能力は欠如している」などと書いてあればオッケーです。これでほぼ決まりですが、と太腿の測定にも気を付けましょう。
握力はゼロと書いてもらうのは当たり前ですが、太腿の測定ではメジャーで周囲を測るのですが、麻痺側を1センチ小さく書いてもらいましょう。バリバリに筋トレして左右同じ数値だったら麻痺が改善していると判断されかねません。
太腿の周りの測定はメジャーをぐるりと回して測るので、力の入れ具合で測るひとにより微妙に変化します。握力と太腿の数値も侮れません。
なんで僕がこういう事を知っているかというと僕の主治医が判定医をしていたので教えてくれました。この医者とは一度喧嘩してそれから仲良くなっていきました。

<有料リハ雑感>
有料リハビリを受けると完治とまではいかなくても。そこそこには回復しますよね。そうすると次回の障害年金の診断書提出で、正直に書くと2級の等級が3級に下げられることは十分ありえます。
そうなると障害年金が頼りの人には暮らしが成り立ちません。以前の年金を維持するには変化なしと医者に書いてもらわねばなりません。セラピストでは診断書は書けませんから。
たとえ、かかりつけ医がいたとしても有料リハに通っているなら回復しただろうから簡単な仕事ならできるだろうと言われかねない。有料リハのうたい文句も楽な歩行とかいかにも回復しそうなキャッチコピーですから。
麻痺が治るか改善すればれば年金は出ない。多額の費用をかけて収入の道が閉ざされたら当事者は目も当てられない。また、完全に治ったとしても就労をどうするのか。コロナ過の今、健常者ですら失業するというのに少々のスキルがあったところで通用する時代じゃない。
ヤッパ有料リハを受けられるのは富裕層の人に限られますね。僕のような貧困層は自分でリハビリをするしかない。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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