胃と大腸にもポリープがみつかる

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そもそも胃カメラを飲むきっかになったのは、胃の変調を感じたからだった。2012年6月ごろ1本の電話がかかってきた。財宝の黒酢という。テレビのCMでもお馴染みだったし、黒酢は体に良いと思っていたので注文して飲み始めた。するとお盆を過ぎたころから胃もたれがしたり食欲が失せた。ひょっとしたらガンかもしれないという思いで最寄りのクリニックを受信すると胃カメラで検査するという。そして胃が荒れている。それとポリープが見つかった。胃の荒れの原因は黒酢を飲んだこといがい思い当たらない。しかし、医者は黒酢で胃が荒れるはずがないという。自分もそう思い込んでたのだが人に聞いてみると黒酢を飲んだら胃炎になったというひとがいるという。

ま、そんなわけでとにかく胃カメラを飲んだのだけど。小さなクリニックで老いた女医が一人で診察している。この先生が年齢が高いのでパソコンが使えない。胃カメラも古いくて、ケーブルが親指ほどもあるので後ろで看護師が握っていないとイケナイ。滅多に胃カメラなんかしないので、老女医のカメラ操作が下手糞で胃の中に空気をバンバン入れるので、苦しくて死にそうになった。これにこりて地域の医療センターへ紹介状を書いてもらうことにした。

以下の2つの画像がクリニックで老女医が撮影したもの。映し出されるモニターも古い。画像のデータをくれと言ったら

先生はポカンとしていた。看護師が見かねてプリントアウトしてくれた。

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パソコンが使えない老医者だと患者は不安でたまらない

青くなっているのが炎症をおこしている箇所だそうだ。この炎症は薬を飲んだらすぐに治った。

細胞をとって病理検査に出したら良性だとわかってほっとした。検査の結果にはピロリ菌がいることもわかった。除菌をどうするかと聞かれた。ポリープの経過観察とピロリ菌の除菌は医療センターでやりたいので紹介状を書いてくれと正直に話した。

これが↓ポリープの画像。最初に受診したクリニックではなく、地域の医療センターで経過観察したときの画像。

ポリープの大きさは5ミリぐらいで、胃の入り口にできている。違和感はないので経過観察をすることにした。

1回目のピロリ菌の除菌は失敗した。続いて2回目に挑戦することになった。3回目はないと言われた。

1週間朝晩と処方された薬を飲まねばならない。1回目の投薬の時、薬の副作用でお腹がゆるくなるかもしれないと言われたが、何事もなかった。2回目の投薬は前回と1種類だけ違う薬がある。少し体がふらつくかもしれないと医者は言った。が薬局では前回何事もなかったら今度も大丈夫ですよと言った。何事もないといいけど。(服用中の酒類は禁止)

ネキシュームカプセル          1回1カプセル
アモキシシリンカプセル250mg「トーワ」 1回3カプセル
フラジール内服錠250mg         1回1錠

2回目で除菌に成功した。ヤレヤレである。除菌の検査が成功したかは大便を取って検査するわけだが、片手で大便をとるのって結構不安だったがなんとか一人でクリアーした。

2015年9月半ば夜の事、横腹が痛くなった。激しい痛みではない。しかし、2時間ぐらいで違和感はなくなる。1月ぐらい前にも経験している。痔の出血のこともあるので、医者からも念のために大腸の検査を勧められていた。それで昨夜の痛みで検査を決意した。今日「かい」クリニックで看護師さんと日程の打ち合わせと事前の説明を受けた

。説明を聞いていると予想以上の大変さである。途中、何度か中止しようと思ったが、思いなおして受ける事にした。午後2時半、検査が終わってほっとした。大腸の一番奥に3~4ミリのポリープが1個見つかった。良性だということであるが、組織の一部を採取して病理検査に回すそうだ。

最後に

大腸の洗浄がやっぱり大変だった。8時半から午後1時までに12回トイレに行った。最後の方になると肛門が痛くなった。鎮痛剤無しでやったけど痛みはほとんどない。「かい・胃腸外科クリニック」の院長は内視鏡検査は上手だ。ポリープは胃にも胆嚢にもあるし、これで3個のポリプ持ちである。まあ、とりあえずがんでないと言われてほっとした。しかし、病理検査の結果で良性と確認できるまでは気が抜けない。

病理検査の結果が気になったが10日経っても電話がないので、たぶん良性だろうと思っていた。もし悪性ならすぐにきてくれと連絡があるはずだ。次の定期健診で良性だったと告げられてヤレヤレである。胃カメラは簡単だけど大腸の検査は腸内の洗浄があるので大変だ。12回もトイレにいったし、そのたびに尻をふかねばならず、ヒリヒリして難儀した。

 

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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