せからしか外伝4/インターネットデビュー

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<口が臭い>

節子が福岡に出る用事があるというので会おうという事になった。JR鹿児島本線の小倉発福岡方面行の電車にのり、同じ車両に自分が古賀駅から乗ることにした。約束の最後尾の車両に乗り込んだ。後部座席にポツネンと座っている地味なグレーの服を着ている女がいたので、声をかけると節子だった。予想以上に老けていた。手紙の中の貞淑な人妻のイメージは一瞬にして崩れた。

話していると口臭がしてきた。気持ちは萎えた。どういう理由をつけて逃げるかを思案する。用事を思い出したので次の駅で降りるとも言えずに、博多駅まで同行した。名物のミニヨンのクロワッサンを買うという理由で逃げた。3日後に節子から楽しかったという手紙がきた。口臭がする女は嫌だともいえずに適当にワープロして茶色い業務用の封筒で返した。
節子は学校の先生をしていたので、旦那意外の男と交際することに抵抗感があった。その反面婚外恋愛にも興味を持っていた。下ネタをふると自分にはできないと言いつつ拒否もしない。

<パソコンが怖い>
Windows95が発売され、これからの時代はパソコンが使えないと淘汰されるなどと言われ始めた。ワープロ専用機がかろうじて使える程度の者には恐怖だった。そもそもパソコンとワープロの違いがわからない。Windows95がどんなに素晴らしいかを力説されても箱は同じだからどこがどうちがうのかが理解できない。買って勉強したいという気はあるが、ローマ字入力に自信がない。日本語入力もできるらしいがYahooJapaneというパソコン雑誌を開けば聞いたこともないような専門用語の羅列に怯えた。YahooJapaneをヤッホーと読んでしまい、後でヤフーと知りひとり赤面した。

得意だったクレーンなどの重機操作やスコップやツルハシを使う仕事には戻れない。より高性能なワープロ文豪ミニというのを買った。パソコン通信もできるという。電話回線を介して知らない人と文字のやり取りができるというのである。そんなの普通に手紙で文通すればいいじゃん。そう思ってしまうのだが、世の中の流れはそうではないらしい。瞬時にやり取りができるメリットが大きいそうだ。PCVANという月額8000円のパソコン通信サービスの申込書があったが、よくわからないし、いちどに送れるのは17文字というので加入は止めた。パソコン通信の人口は60万人と新聞に紹介され、メールを通じて恋に落ちる現象があるのも知った。

<パソコン難民>

インターネットというものの存在が、今後の社会に与える影響が囁かれていることも知った。しかし、それがいったいどういうものなのかは理解不可能である。なんでもアメリカの軍事技術からの転用だというので、英語力ゼロの者には致命的なハンディーとなる。しかし、工場の生産現場にもパソコンの導入で工場内でのネットワーク化が浸透し、パソコンが使えなくて、やむなく自主退職に追い込まれる人も出てきた。
トヨタ自動車の工員として真面目に勤めれば一生安泰と思われた従弟の岩夫もそのうちの一人だった。会社を辞めたと家族に言えなくて、いつも通りに家を出て公園などで時間をつぶした。やがてパチンコに通い始め、サラ金に借金をこさえ家族にも失業が知れた。当条の実家に泣きつき借金の始末をつけてもらった。

岩夫はその後も仕事を探したが、大企業の工員上がりに雇用などない。嫁との仲は険悪となり子供たちにも見放され家族の中で孤立した。家のローンが終わると嫁に離婚を切り出され安アパートで一人暮らしを余儀なくされた。55歳で定年だと聞いていたが後で実情を知った。パソコンが使えたら一般工員から現場の班長になる道もあったけど、低レベルの工業高校出の岩夫には荷が重すぎたのだろう。

<パソコンデビュー>

1998年9月。重い腰を上げた。Windows95が内臓された富士通の型落ちパソコン(32MBのメモリ)である。最寄りの家電量販店で10万円で購入した。机の上にパソコンを置いて、マニュアルを見ながら配線をし、フロッピーディスクを差し込んでセットアップから始めた。しかし、途中でつまずいてわけがわからなくなりパニックになった。周囲にパソコンを持っているひともいない。マニュアルにドライバとか書いてあるのをネジを回す工具と勘違いしあせった。市内にできたばかりのパソコン教室に電話した。黒いスーツを着た30代の女がやってきた。「パソコンがわかるようになるには半年はかかるでしょう」そういいながら数分でセットアップを完了し3000円請求した。

何冊もあるマニュアルを見ながらああでもないこうでもないとやってみる。小学校の分数すらできない頭だ。ワープロ専用機とは勝手が違い過ぎて頭を抱えた。操作方法がわからずにサポートに電話してもなかなかつながらない。諦めて寝ていても問題の箇所が気になって眠れない。夜中に起きてパソコンのスイッチを入れ、何度もやってみるがさっぱりわからない。夜がしらじらとする頃にうつらうつらする。

少しだけ寝るも熟睡には至らない。朝の9時になるのを待って再コールしてやっとつながる。若い女性の対応で瞬時に問題は解決し、なんだ、そんな事だったのかと思える。でも知らない間は大きな事心配なのである。パスワードを入れてくれと言われてもはじかれる。password とそのまま入れたり。マウスを動かしていて、机の端から落ちそうになったり。

<インターネット>

弟は小さな商事会社に勤めインターネットを使っていた。トライネットワークという福岡のプロバイダーを紹介してくれた。費用は年額18000円の先払いだ。A-4用紙3枚のマニュアルが封書で届いた。早速メールの接続設定に入る。メールサーバーの設定とかよくわからない。カンで恐る恐る試みる。しかし、時分あてにメールを打っても届かない。サポートに電話してどうにか設定が完了し、ヤフージャパンの検索サイトが表示された時は嬉しかった。

メル友を探すために100万人のメールフレンドという掲示板に参加した。無料である。全国から男女を問わず、自分をアピールする投稿が載っている。女の場合はアピールの必要はない。女というだけで男からのメールが殺到し、誰とメル友になるかは選び放題である。顔も性格もわからないし、ほんとうに女なのかも疑わしい。それでもハンドルネームが女性だというだけでメールは殺到するそうだ。メル友の作り方というHPに書いてあった。

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掲示板

地域限定のメル友募集掲示板もあった。福岡北九州エリアの掲示板で40代の女性と知り合った。メールのやり取りをするのは午後11時からである。NTTが1995年から提供を始めた定額制のテレホタイムを利用した。午後11時から翌朝の8時までは一般回線で月額3600円の電話代。INDN回線だと4600円の電話代で済んだ。午後11時なるとアクセスが集中し通信速度が遅れる現象も起きた。写真を送る場合に利用するので、パソコンがウンウンうなるばかりで1枚の写真を送るのに20分かかることもあった。
40代で小説を読むのが趣味の椿というハンドルの女と実際に会ってみようということになった。北九州に住んでいるというのでお互いの近くにある芦屋競艇場の正門前で待ち合わせた。待ち合わせの12時に行ってみると何やらキョロキョロしている太った女がいた。「椿さんですか」「はい、貴方は俊樹さん」
女は軽トラックで来ていた。すごく太っているし饅頭のような顔だ。服装もダサイ。それに香水の匂いがキツイくて鼻が曲がりそうだ。しまったと思うがすぐ帰るとも言えない。「これからどうする」一応聞いてみた。すると「ホテルに行ってその後食事はどう」などと言いだしたので「ご免、用事を思い出した」足早に競艇場を後にした。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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