足首をいかにあげるか。

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足首が自由に動かないと素足での歩行は覚束ない。足を上げると自動的に足首が上がりカカトから着地するのが普通の歩行だ。尖足で足首が垂れているのでつま先から着地する。するとガクンと着くので滑らかな歩行にならない。親指に圧がかかるので豆が出来る。我慢して歩いているとつぶれる血が出る。すばらく休む。また始める。また痛くなる。休む。再開を延々2年ぐらい繰り返す。内反もあるのでなおさら厄介だ。

最近は水中歩行すると反張はほぼない。地上にあがっても以前のように反張が出ることもない。ただし早く歩くとガクっと膝が突っ立って元の木阿弥。膝を曲げてゆっくり歩けば反張は出ない。しかしこれでは実用にならない。足首が上がればもっと早く歩けると思うが、思うようにいかない。強引に上げれば足首は上がるが、同時に内反もするので滑らかな歩きにならない。

麻痺足で体重を完全に支えるようになれば改善も見込めそうに思える。感覚の戻りを促すには水泳で両手足を使って泳ぐと麻痺足にも感覚が出る。麻痺足で水を蹴る感覚がわずかに出る。両手足を同時に動かすには肩が自由に動かないとダメダ。手よりも先に肩が回るような訓練の方法を模索している。

麻痺足に体重をかけることを徹底すれば改善が見込めると思っていたが、いくら単体で足に自重をかけても改善しない。自分の場合、やっぱり両手足を同時に動かさないと麻痺の改善は無い。脳神経学をいくら勉強したところで研究者の論文など所詮画餅だ。絵に描いた餅は食えない。

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麻痺側を使って泳ぐのを500メートールに減らし、水中歩行と足の屈伸を増やすようにした。

12月9日突然麻痺足に痛みが出た。麻痺足を曲げる時に痛いので床に落ちたものを拾うなどの動作をすれば痛い。立って歩くのは差し支えない。足の親指の豆もだいぶん痛みは減ってきた。屈む時の痛みも最初に比べると軽減したが時折強く痛い。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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