葬儀屋と病院の関係

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有名な仏壇屋に弟の友達が就職した。ある日3人で雑談していると救急車のサイレンがきこえてきた。

「ちょっと行ってくる」

藤島がそういうと自分の車で急いで出かけた。

「何ごとか」

「兄ちゃん、藤島は救急車の後ばついていくとたい。そうやって病院ば調べるとばい。病院についたら霊安室に行くげな。死んでいたら家族の後を付けて家を突き止める。49日の法要が済んだころを見計らって仏壇を売るとげな。仏壇屋のセールスも、やおいかんげな」

「おーなるほどそういうことか」

「葬儀屋の場合はもっと大変ばい。ナースセンタのお局様を時々接待に連れていかないけん。特に、婦長の場合とかは一夜の相手もせにゃならん。葬儀屋のセールスも、やおいかんたいね」
病院で死んだら、ご遺体はどうしますかとまず聞かれる。だいたい葬儀屋に知り合いなどいないから病院出入りの業者を紹介しましょうか。などとこっそり耳打ちされる。

家族は突然のできごとでパニックになってるから言われるままになるしかない。病院指定の葬儀屋になるのはハードルが高いという。

「それと兄ちゃん、サラ金から金かりるとき、保険証にも禁治産者ば見分けるとに仕掛けがあるげな。保険証のどこかを見ればわかるげな。精神障害者に金貸しても無効じゃけんね」

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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