自費出版の行方は?

スポンサードリンク

途方もないことを思いついた。
120万円もの費用をかけて自費出版をやろうというのである。
FBのタイムラインに書きかけの原稿募集というメッセージが頻繁に出る。
広告に吊られて、何気に書きかけの自分史原稿を送信した。
2時間後に電話があって、130万で電子出版しないかと誘われた。
自費出版など元もとれないから止めておこうと返事した。しかし、相手は勧誘のプロである。
素人の投稿好きの心の中などガラスである。どういうフレーズが相手の心をとらえるかお見通しで話術も巧みだ。
非常に冷静で、インテリジェンス溢れる語り口で、囁きかける。あの口調で女も口説かれたらひとたまりもないだろう。
次の日電話がきて、120でどうかというので、気持ちが動いた。ギリギリ自分で調達できる金額だった。

自分史を書いてみたいという気持ちは以前からもっていた。書き始めは良いのだが、長い文章だと途中で面倒くさくなる。最後まで書けないのが常であった。長い文章を書くのってホントに面倒くさい。

ま、色々気持ちの変化もあったけど。自費出版に踏み切った。
改めて原稿を読み直すと、至らない点がごまんと出てくる。編集部のアドバイスを見ながら改稿している。
戦国期から書き起こしているので地図が欲しいところだ。その地図を作成中である。

グーグルアースを使って地図を作ると簡単で見栄えも良い。しかし、データが大きくなる。1枚200KBとかになると、容量オーバーでマズイ。GIFにして手作りしたり。ああでもないこうでもないと。

10月中に原稿を仕上げて送らねばならない。11月は校閲とかプロの厳しいチェックを受けて来年1月の発売予定となっている。さて、これからどうなることやら。しかし、こうやって自分を追い込まないと7万文字の原稿なんて書けない。原稿の手直しをしたり地図を作ったり。HPの手直しなどの作業は、それなりに楽しい。何もやることがないのって辛いから。ま、ボチボチ頑張っている。

The following two tabs change content below.
まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

まこっちゃん

最新記事 by まこっちゃん (全て見る)

スポンサードリンク