受傷後の事情(2)

スポンサードリンク

 


ミニハウスを建てよう

将来は親の介護もあるので、自分がそばに家を建てて住んだ方が良いだろうと思った。妻にいくら貯金があるか尋ねると1000万円はあるというので、それ以内の予算で建築を決意した。両親と弟を説得し、村の幼馴染で大工をしているヤーに相談した。15坪の家を坪単価40万円で建てることにした。工事が始まると騒音が煩いとか、親父がグズグズ言い出した。迷惑料にと2万円渡しすとおとなしくなった。
住んでいる古賀市と故郷の八女郡広川町までの距離は60キロほど離れている。遠いけど土地がないので実家の敷地に建てるしかない。家を建てて引っ越したい理由は、妻の腰痛の他にもう一つある。公団住宅の7棟の二階に住んでいたが、階下の60代の夫婦が、夜中に上から音がするので眠れないと、クレームをつけてきた。

トラブル

夫婦2人の静かな暮らしである。別に問題ないのだが、夜中に音がするといってきかないのである。それから老人は集合郵便受けにゴミを入れ始めた。嫌がらせは次第にエスカレートし、廊下で出会い喧嘩になった。しかし、半身不随の身で健常者に勝てるはずもなく、転がるのは自分だった。老人は勝ち誇って去っていく。公団の職員や町内会の役員の前では温和だが、僕らの前では傲慢な態度になる。弱者と強者相手には態度が違うので、こっちの辛さがわかってもらえない。それからも騒音がすると言ってきかず、とうとう公団から人がきて、夜中に騒音の測定までしたが、問題ない。
高層集合団地なので、配水管が最上階から1本通っている。なので、上部階でトイレを使うと音がする。その騒音ならどうしようもない、と何度言ってもきかない。とうとう部屋の前に来てドアーを蹴ったり、妻を怒鳴り作るようにもなっていた。このことを警察に相談しても、その程度では警察は出てこれないと言われてしまう。町内会に相談しても関わり合いになりたくないのか、誰も相手にしてくれない。

故郷の事情

実家の前は親父の生まれた家。祖父母と長男の叔父夫婦と息子2人が暮らしていた。つまり我が家の本家である。僕とは従姉妹になる晶一が水道設備の会社を細々とやっていた。家を建てるからと挨拶に行くと、村の付き合いはどうするか。日吉神社の掃除とか村道の普請、用水路の掃除などのことである。それはデブソク(罰金)でこらえてほしいと言うと。金で済む問題ではないと言われる始末。さらに生活排水を流すのに、水利員会の許可が必要なので、その費用が7万円必要もと言われた。
じゃあどうすればいいのと聞くと、作業は出来なくても現場まで出てこいという。それが村のしきたりだと。中世じゃあるまいに、今でもそんな事を言うのかと吃驚したが後にも引けず、なんとかなるだろうと思うしかなかった。晶一は僕の親父を嫌っていた。

スポンサードリンク

井戸堀り

親父は本家と仲が悪く、子供のころ、祖父と本家を継いだ晶一の父親を殴る光景を見ていた。親父を嫌う理由もそこにあった。とにかく親父は怒りっぽいので、村人からも恐れられていた。そんなこんなで本家とは仲が悪かった。晶一は水道設備の会社を個人でやっている。田舎の事ゆえ、井戸を掘らなければならない。彼に井戸掘りの業者を紹介してほしいと頼んだ。しかし、一向に動かない。
しかたがないので、隣家の大工、ヤーに頼んで井戸掘り業者を教えてもらい自分で電話した。問題は井戸を掘る場所である。東隣の井戸のあった場所の近くを選んで掘削してもらった。途中で岩盤に行き当たった。が、岩盤の厚さは薄く、くり抜くことができた。20メートールの掘削で水が出たのでほっとした。費用は1メートール10000円である。水質検査に保健所に持っていくと、金気があると言われた。かすかに硫黄の匂いがするので、飲料水としては不適格の判定である。ガッカリした。次へ

The following two tabs change content below.
まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

まこっちゃん

最新記事 by まこっちゃん (全て見る)

スポンサードリンク