脳卒中、カタマヒは脳をカスタマイズせよ。

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脳卒中で片麻痺になると治るのか治らないのか

軽度の場合は日常生活に差支えのない程度には回復するが、100パーセントの回復はない。

身障者手帳4級~6級程度の軽い障害ならば、90パーセントぐらいには回復する。ただし、厳しい訓練に耐える根性が必要。改善があるのは発病後半年と言われている。保険治療も180日までしか適用されない。後は自主訓練となる。

中程度以上だと麻痺は永久に治らない。死ぬまで片麻痺と付きってゆかねばならない。

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 重い麻痺でも歩けるようになるか。

スタスタと歩けるようにはならないが、装具を付ければ独歩は可能。しかし、本人のヤル気に全てがかかっており、回復の度合いには個人差がある。

脳の損傷の部位により後遺症の出方は様々で、似たような症状でも、あの人が改善したから自分もとはならない。たとえ歩けなくても車いすを利用するという方法もある。

言語障害はどの程度まで回復するか

個人差があり一概には言えないが、しゃべりづらくても人と積極的に会話をすることで

日常生活は可能な程度にはなる。リハビリ訓練中はたどたどしかった人が、家に帰りしばらくすると見違えるように話せるようになった事例が多くある。施設内よりも社会に出て多くの人と会話をすることが改善への道だと言える。ただし、本人はかなり苦しく努力が必要。

しびれや目まいは治るか

脳卒中をわずらうと運動機能の他にも様々な後遺症が現れる。発症してすぐ現れる場合もあれば、数年後に出る場合もある。特に酷いとされるのが視床痛と呼ばれる疼痛がある。シビレや痛みが激痛として現れる。

目まい、シビレ、痛みの原因は何か

原因は脳の混乱にある。損傷した部位の影響で正常な脳の機能が混乱しているために、痛みを感じない正常な神経が痛みを感じたと誤作動をしている。本来は正常な脳神経が目まい、シビレ、嘔吐感、などの不快な症状を発してしまう。

病院での治療法はあるか

原因の特定ができないので根本的な治療法は無い。ただし、薬物の投与によりいくぶんかの改善がみられる場合もある。しかし、まだまだ研究の段階の域を出ない。服用するには投与による副作用の懸念がある。

痛みが酷い場合はペインクリニックの受診。神経ブロックがあるが絶対ではない。電気鍼治療を試みる研究者や病院もあるようだが、詳細については不明。

視床痛を治すその他の治療法はないか

突然の目まい、嘔吐感、異様な背中の張と酷い腰痛にさいなまれていた。整骨院、整形外科、鍼麻酔療法、マッサージ、カイロプラクティック、呪詛、祈祷、ありとあらゆるものを試みたが変化はない。

最後の手段として水泳を試みた。毎回50分。クロールで800メートールを泳ぐ。水中歩行30分。各週4回。

半年後に曲がらなかった足の膝が少し曲がるようになった。3年後に異様な背中の張と目まいなどの不快感や痛みはなくなった。腰痛もかなり軽減された。


どうして水泳で改善がみられるのか

脳をカスタマイズしたからである。脳卒中の場合、脳の損傷が根本的な原因である。しかし、我々の関心は二次的な障害である内反、尖足などのマヒの症状そのものにばかり目がいっている。これも肉体的にとても大切なことであるが、精神的なものは脳を治療しないとイケナイ。

我々人類の誕生は、40億年前の昔に、小さな小さな原子だとか素粒子だとかが地球に降り注いでから始まったと言われている。そして海の中で微生物が誕生し、やがて魚類へと進化し、それからワニやトカゲのような爬虫類へと受け継がれてゆく。

やがて水中と陸上と両方で暮らすようになり、陸上に上がって生活するものが現れ、哺乳類が誕生した。それから猿人~ホモサピエンスへと進化し現在に至る。このように科学者たちは説明している。信じるか信じないかはアナタ次第。

我々の先祖は長い間水中で暮らしていた。なので、その当時の記憶が脳の奥深くにある。原始脳と呼ばれる部位にかすかにDNAとしてファイリングされている。片手片足で泳ぐのは非常に難しい。しかし、麻痺側の方も動かしているいるようにイメージして泳ぐと楽に泳げる。こういう泳ぎをしていると自分がワニや蛇になったような気になる。体をローリングさせると泳ぎやすいのは蛇やワニだったときの名残だろう。

なぜ目まいなどの不快感が治るのか

カタマヒで泳ぐというのは必至の作業である。下手すると溺れるかもしれない。そういう生命の危機に陥ると、脳は呼吸の確保などの生き延びることを優先する。生きるか死ぬかになると痛みなどの誤信号を発する暇はないのである。泳ぐ事に集中することで、この時脳は正常に作動している。繰り返し泳ぐ事で不快感はなくなってゆく。泳ぐ事が苦しいほど効果が上がる。

最後に

水泳の利点として費用が安い。水中だと転倒のおそれがない。後遺症が無い。

難点は泳ぐのが大変。プールサイドが滑るので慣れないと危ない。近くにプールがない。

カタマヒで泳いでいるひとはいるがキツイので途中で止める人が多い。

リハビリとは継続である。地上での訓練もしかり。リハビリ施設は急性期までの対応しかできない。慢性期に入ると自分で研究努力するしか方法はない。障害を持つと慢性的な運動不足に陥りこのことが色々な副作用を引き起こす。足のムクミ、座っているとできる褥瘡、関節の拘縮、筋肉の減退などなど。

本来人間は常に動いているようにできている。車に乗ったり座ってばかりいるのが異常なのである。だから障碍者はスポーツに取り組んだ方が良い。少々痛くても歩いたりスポーツをしていないと、体はだんだん固くなる。自戒を込めてそう思う。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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