脳卒中、障碍者が生きていくためのサバイバル術

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障碍者との恋愛も健常者との恋愛も基本は同じ。だって同じ人間がすることだもん。よくいわれることに、障碍者だから恋愛ができない。障碍者だから結婚できない。障害があると結婚や恋愛ができないなら、健常者であれば恋愛も結婚もできることになる。でも現実はそうじゃない。障碍者でも恋愛して結婚する人もいる。反対に健常者でも恋愛も結婚も縁のない人がいる。

結局、その人にどんな魅力があるかに尽きる。人を引き付ける魅力があれば自然と恋愛もできて結婚もできる。もうひたすら己の人間力をみがくしかない。ただ恋愛というのは面白いもので周囲が反対すればするほど当人たちは燃え上がる「恋の反作用」とでもいううべき法則がある。ロミオとジュリエットの恋が好例だ。二人の家は敵同士なのだ。これほどのハンディはあるまい。

男女の仲には互いに惹かれあうという法則も本能として存在する。鶯のメスはチッチッと藪の中で鳴く。これは牡恋(チ泣き)といってオスを呼び寄せるためである。こうして出会いが始まりカップリングに成功すると愛の行為が始まる。こうして有精卵を産み落としたメスの鶯は巣の中で卵を温める。そしてしばらく抱卵が続くとヒナが誕生する。

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本当の恋愛は、心と心がつながること

古には王様が奴隷に恋をしたということも多くある。世間知らずで生意気な貴族の娘よりも、苦労している奴隷の娘の優しさこそ本物の愛だと知った王様が、身分違いの恋にこがれるのである。周囲の反対があればあるほど王様は燃え上がり、王家の身分を捨ててさえ奴隷の娘と添い遂げたいと願う。こういう状況に陥ると恋の炎は激しく燃え上がり、火消しがきても間に合わない。

禁断の恋というのは普通の恋愛よりも快感の度合いがとてつもなく大きい。それはなぜかというと王様の脳と奴隷娘の脳が宇宙空間を通じてつながってしまうからである。本当の愛というのは体と体のつながりではなくて、互いが互いを必要とする本能のことといえるだろう。金銭や義務での体のつながりでは十分な精神的な満足を得られない。精神と肉体が一致してこそ本物の愛がうまれる。

では具体的にどうすればよいか。好きな相手のためになることに喜びを覚えることだ。相手のために食事の用意をしてあげたり。繕い物をしてあげたり。食料を調達してあげる。何よりも大切なのは相手を慈しむこと。女性には弱者をいたわりたい感情が男より強い。母性本能である。これは子育てをするうえで必要な能力だ。

恋の勝利者になれる障碍者は押しなべてボジティブな人が多い。障碍者が不遇な境遇にもめげずに前向きに頑張っている姿に感銘を受ける人は多い。特に女性はそうだ。中には彼のことは私が支えてあげなくては。そういう女性は意外とそんざいする。

僕が現在の妻と付き合っているとき、彼女が通っていた生け花の先生は障碍者との結婚には否定的であった。相手が半身不随の手足のひん曲がったヨレヨレの男では誰しもそう思うのが当然だ。僕だってそう思う。もし、自分に娘がいて障碍者と一緒になりたいと申し出たならば必ず反対するだろう。生け花の先生は彼女に健常者の男性との縁談を持ってきた。選ばれたのは僕、障碍者の方だ。とても不思議だがそうなってしまった。

恋は魔法

僕たちは二人の世界中にいて周りが何を言ってもきかない状態にあった。これは恋愛特有の恋に恋している状態である。種の保存という強烈なメッセージがDNAの中に残されている。冷静に考えると結婚なんて、相手にしばられるから不条理なものである。冷静になると結婚なんてできない。そうなると種の保存ができないから生き物としてのDNAが恋の魔法にかけてしまうのだ。だからこの状態にあるときでないと結婚はできない。先人たちの「結婚は人生の墓場なり」は至極名言である。

燃えに燃えてついに、一緒に暮らすようになったというのに、こんなはずじゃなかったと思うことも多い。生活という暮らしが始まれば、結局は経済的なことにつきる。要するに金を誰が出すかだ。障碍者の場合、年金があるから食費や公共料金の負担ぐらいはできる。それで食事の用意をして、妻の帰りを待つ。

仕事から帰ってきて、食事のできていることほどありがたいことはない。おまけに食費はいらないのである。そんなにしてもらっては悪いから洗濯と掃除は私がするわ。家賃も負担する。重度の障碍者を配偶者に持つと、特別配偶者手当が付く。自動車税の減免もあり、毎年5月にやってくる自動車税の支払いも免れる。自立した障碍者を配偶者に持つと良いことづくめである。

中途半端な健常者よりも自立した障碍者と所帯を持った方がより得なのだ。いつ首になるかわからないハケンよりも年金の方がずっと安定している。我が家では生活費は全部自分が負担し、家賃は妻が負担する。障碍者だからといって卑屈になることはない。ただし、障碍者は世間の皆様のおかげで暮らしていけるということは肝に銘じておかねばならない。

最後に

恋の勝利者を目指すならボジティブになることだ。ネガティブだと女性は引いてしまう。生物の本能としてメスは強いオスの遺伝子を好む。人間もどうようで強い男に魅力を感じる。ヤクザものに強く惹かれるインテリ女性もいる。これは良いとか悪いとかの問題ではなく生物の本能である。だから弱者の極みである障碍者は恋愛の対象からはじかれてしまう。弱い生物の遺伝子を残したくない。そうDNAが判断する。

しかし、非常に困難な状況にありながらたくましく生きている姿を見たらどうだろう。体のハンディーをものともせず健常者と同等のことをしていたら。それは強いオス、つまり残されるべき遺伝子だと本能が認識する。恋人がいたり結婚している。いわゆるモテる障碍者というのは押しなべてボジティブである。障碍者スポーツで活躍していたりとか。経済的に豊かであったり。知識を駆使して経済力を身につけるのもパワーである。

大事なことがもうひとつある。それは服装や体を清潔にすること。これは自分もそうだけど。手足が不自由だと。ついついこんな体だからしょうがない、とおざなりにしてしまう。障碍者3Kというと。臭い、暗い、金がない。この3つだとある電クルに乗ったモテ障碍者が言っていた。

鼻毛が伸びている。体臭や口臭がしているのに気づかない。服装がだらしない。年中ジャージーでいる。アレ、なんか最近の自分の事みたい。

 

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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