カゲント賞

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7月も半ばを過ぎると梅雨も明ける。7月21日からは待望の夏休だ。子供たちはイタチのようにチョロマカ遊んで回る。夏休みの友を先生から渡された。絵日記を付けなければならない。一週間はつけていた。8月の声をきくと遊ぶのに忙しくて宿題どころではない。
集落の南側を流れる、大川の新土居が当条の子供の水あぶり場所である。午前中はラジオ体操があり、蝉取りをする。お昼ごはんを食べて午後1時に家を出る。ちょうどその頃、

川瀬からオムニュー(重荷用の自転車・頑丈な作りでタイヤも太い。米2表積む)の荷台に水色に塗られた箱を積んで、アイスキャンデー屋のおっちゃんがチリンチリンと鐘を鳴らしてやってくる。

 

トラオさん(集落の交差点があり、どこにいくにもここを通る)の前にくるのが、いつも12時半ごろなのだ。子供たちが首を長くして待っている。みなそれぞれにアズキキャンデー、アイスボンボンを舐めながら新土居に行って水あぶりする。午後1時ごろになると当条中の子供らが集まってくる。ヤー、ショー、ケタの顔も見える。目一杯泳いでいると、
「おい、まこ、ツバ色ん、のうなっとるけん、もう上がれ」
とショーが注意を促す。唇の色が黒ずんでいる。体が冷えすぎた証拠だから泳ぐのは止めなさいという意である。当条では泳ぐことは水あぶりと言う。水浴びが水あぶりと訛ったようだ。
午後4時を過ぎるとへろへろだ。トラオさんの裏までくるとクミアイと大きくかかれた倉庫の前に人だかりがしている。風采の上がらない初老の男が、自転車の荷台に木箱を積んで紙芝居をしている最中だった。

「ヒュル~ルル~ドロドロ~、カンラカンラ回天鬼、第十巻のおしまい」
パパンパンパンと終了の拍子木を鳴らした。やがて木箱の引き出しを開け、2本の割り箸に水飴を巻きつけて差し出した。
「水飴も5円、スルメも5円ばい」
「おっちゃん、水飴ばくれんね」
水飴を買った子供は、割り箸に巻きついた飴をグルグル回し始めた。白くなりトロトロになったので舐めるように食べた。スルメを買った。木の根のように堅いので、少しずつ裂くようにして口に入れ、ニチャニチャと噛み出すとだんだんと味が出て美味しくなる。家にたどり着いたらグッタリし、夕飯を食ったらそのまま朝まで寝てしまうので、宿題をやる余裕などありはしない。
「ほらほらだっでん、お起きらんね、ラジオ体操に遅るるばい、休んだらカゲント賞ばもらわれんめえが」

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カゲント賞

 
次の朝、母ちゃんに起こされて目覚める。朝飯を食ったらラジオ体操のカードを持ち、妹弟を連れて下広川小学校の運動場まで急ぐ。もう体操が始まっていた。列の後ろに並んでみなの真似をする。
「ドンドコドーン♪ドンドコドーン♪手を上に上げて背伸びの運動」
体操が終わるとカードに判子を押してもらうわねばならない。1日も休まずに行くとカゲント賞のノートや鉛筆がもらえない。この地方では欠席を欠けると言う。つまり皆勤賞のことである。
体操が終わると梅子も繁雄もそれぞれの同級生らと一緒に帰っていった。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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