昭和レトロ(農村の事)

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漢字の百字帳も冬休みの友も放り出しホッケンギョーの準備とウッズメの見回りに忙しい。もうそろそろ餅つきの段取りに入ろうかという12月24日、
「輪あ~がえ~♪」
と言いながら初老のおっちゃんが自転車に桶の修理道具を積んで集落中をんで回った。
「頼むばい」
シゲの母親が漬物桶の修理を頼んだ。おっちゃんは、自転車を工場の前に止めゴザを敷いて修理を始めた。胴を構成している板が縮んで水漏れする場合、板を新規に作って取り替えなければならない。そして胴を締めている竹の輪を新しい物と交換し、薄く削った竹を拠り合わせた輪を締め上げて水漏れが無いようにする技が必要だ。とそこへまた、
「コウモリ傘の修繕♪」
という声までして、自転車が止まった。
それから鍋鎌、桶、コウモリ傘を下げた村人が集まってきて賑やかになった。

田植え

田植えは一日で一気にやってしまう必要がある。そのために遠くの親戚からも泊りがけで手伝いにくるので、いつも賑やかだ。植えるのは水回りの順番があるので上手からになる。叔父の岩吉は赤牛を使うのが上手い。右手でムチと手綱を取り、
「シー、シー、」
と牛を上手に操りながら左手で代掻きを使って田を均一に馴らしていく。それが済んだら縦にショロ綱が張られる。田植えには何種類かの方法があるが、当条では、綱に沿って植える“すじ植え”と“三角枠植え”が多い。一尺ぐらいの二等辺三角形の木枠を転がしながら苗を植えていくのが三角植え、綱に沿って植えていくのがすじ植えである。

 

コンノ(稲刈り)

狩りった稲を脱穀機にかける。

川蟹漁

網のウケを川にしかけて下ってくる山太郎蟹を捕まえる。

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ウッズメ

野鳥を捕まえるわな。チャッチョや山ニワトリがかかる。

 

小学生の頃、冬休みに入るのが待ち通しかった。最後の授業が終わると、校門を駆け出し、家の玄関にランドセルを放り投げ、お宮の森へと急いだ。ウッズメを仕掛けるのに都合の良い場所へ他人が来ぬうちに着かねばならない。ウッズメのバネに使う、曲げても折れにくい細い木があり、鳥たちが休憩に止まる木の下が目安となる。ただし、近くにハゼや山柿、椿の木などが見当たらない所が好ましい。木の上に餌が豊富だと鳥は地面までなかなか下りてこないのだ。

仕掛ける場所を慎重に吟味して地面を足で均し、しゃがみ込んで落ち葉を除いてゆく。一メートール四方の地肌が現れた。学生服のポケットからナイフの肥後守と畳糸を取り出た。直径二センチほどの真っ直ぐな木を探す。肥後守で40センチぐらいの長さに切った。大人の親指ほどの棒が鳥の首を挟む下の棒になる。さらに30センチほどの木の棒を用意する。これが鳥の首を挟む上の棒である。この上棒を一メートールほどの畳糸で両端を縛り、ちょうどブランコのようにする。

それから藪椿の枝を切ってトの字型をした4本の叉を作った。次に下棒の両端に左右2本ずつ叉木を石で地面に打ち込んで下棒を固定した。それからバネ木として手ごろな樫の幼木を根っこから一・五メートールほどの高さで切った。チョンポとチョッカイ棒にするために極細の竹を探した。チョンポはチョッカイ棒を押さえることに使う。
バネ木は上部だけを切断し、根は生えたままにしておく。バネ木を弓なりに曲げ、しなり具合を確認した。地面に固定した下棒の下から、両端を縛った上棒の糸をくぐらせて引き上げ、バネ木に引っ掛けるのだ。こうしておいて上の棒を十センチほど引き上げ、チョッカイ棒をチョンポで押さえて、罠の入り口が出来た。

 

 

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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