バナナの叩き売り口上

スポンサードリンク

「只今からが始まりで、初めあったら終わりあろ、尾張名古屋は城で持つ、

城の回りにゃ堀あるぞ、堀の中にはハスがある、ハスの中には穴あるぞ、

皆さん穴ゆえ苦労する、わたしゃバナナで苦労する、まず最初はこの品で、

こいつまた上等でしょう、江戸で言うたら玉川の、京でいうたら加茂川の、

水にさらした玉の肌、一皮むいたら雪の肌、この通り上等でしょう、

バナナの因縁きかすなら、採れたところは台湾で、台湾台中片田舎、

親が貧苦のその中で、花よ蝶よと育てられ、青い頃より見初められ、

台湾土〇にもぎとられ、国定忠治じゃないけれど、藤丸籠にと詰められて、

汽車電車に載せられて、着いたところがキールン港、キールン港よりゃあ船の旅、

金波銀波の波越えて、やってきました門司港門司九州の大都会、沖士の声も勇ましく、

エンヤラドッコイのかけ声で、またもや汽車へと乗せられて、鹿児島本線ひた走り、

着いたところは久留米駅、問屋の室にと入れられて、冬は電気に温められ、

夏は氷に冷やされて、パッと色気のついたころ、氏神様のお祭りで、

あまたお客のある中で、一房いくらのさらしもの、わしほど因果なものはない、

哀れと思し召しならば、早く見受けば頼みましょう、パッと開いた5本骨、

朝日に輝く軍扇は、那須与一の扇的、願い違わず命中し、ひらひら落ち行く波の上、

私のバナちゃんもそら落とせ、こいつたったの八百円、

まだ負けたか七百円、お安い相場じゃあるけれど、こちらバナちゃん本家なら、

そういう高値ばいうじゃない、そういう高値で売るじゃない、なる勉強たれもする、

ならないところの勉強ば、するのが誠の勉強なら、坊さん読むのが三分経で、

ポンポン叩くが阿保陀羅経、アーメン・ソーメンキリスト経、悪しきを被って助けたまえが天理教ぞ、

東が東京で西さい京、中の名古屋が中京ならば、博多は人形の出来どころ、

島原ラッキョの名産地、梅にウグイスホーホケキョ、私のバナちゃん大勉強、

エエモサイサイ六百円、これ六百いうたなら、

夜明けの小便朝までこらえて筒一杯、ズドンと下がった相場だが、そこ負けるが勉強で、

とことんで五八で、権八ちゃ昔の色男、それに惚れたが小紫、ねえ貴方権八っつあん、

生きてこの世で添えなけりゃあ、死んであの世で添いましょと、硬い約束鈴ケ森、

その動議でまた負けて、

こいつもたったの五十と五、ゴンゴン鳴るのは鎌倉の、鎌倉名物寺の鐘、

その音数りゃ五十三か、五十三次東海道、一の難所は箱根山、越すに越されぬ大井川、

昔しゃ背でこす輿で越す、今じゃ寝て越す汽車ポッポー、世の中開けたねえ、

空に飛行機ヘリコプタースピード時代となりました、私もスピードで負けますぞ、

ならこいつが五〇で、お客もスピードで買いなされ、五〇か黙んまるか、でも男爵見らんなら、

みかんきんかん夏みかん、嫁ご持たせにゃ働かん、親のいうこと子がきかん、

鐘が鳴りますキンコンカン、私のいうことトンチンカン、往還道路は大通り、

山じゃメジロが鳴く通り、家じゃおっかのいう通り、私のしゃべるはこの通り、

この通りは本通り、長崎街道本通り、あまたお客も出ましたで、早く見受けば頼みましょ、

とこ負けで四八で、四八久留米の連隊で、連隊長のいうことにゃ、虎は死んで皮残す、

バナナ売りさん何残す、バナナ売って籠残す、買うたお客よ何残す、バナナ食うて皮残せ、

そりゃあ冗談そりゃ内緒、そういう冗談抜きにして、また負けたか四七で、

頃は元禄十五年、師走半ばの十四日、雪のチラチラ降る晩に、

上城代内蔵助、下足軽吉衛門、吉良の屋敷に乱入なし、

主君の仇の上野の白髪の首を切り落とし、見事本懐とげたという、

人は一代名は末代、その香残る泉岳寺、薫煙絶ゆるいとまなし、

めでためでたで四十と五、とことんで四三か、四三切られの与三郎さん、

三十数か所刀傷、おまけに二箇所のヨコネ傷、さあどっこいさあ負けて、

これまた四〇か、四は信濃の善光寺、四谷赤坂麹町、チョチョロ落ちるお茶の水、私のバナちゃんそら落とせ、

そら負けた三八で、三八伏見の連隊で、三七大阪連隊で、三六姫路の連隊で、いつも戦に勝ったけど、私のバナちゃん負け通し

負けどおしで三五まで、産後のカーチャン血の道で、至って苦しむところなら、こういう上等ば食べ

させな、滋養の親玉これにあり、バナナ一本の栄養は、卵三個の価値あると、県立病院好生館の館長の、鶴丸博士も言うたげな、その動議じゃサービスじゃ、

又負けても三〇で、三というたら三勇士、備えも硬き廟行鎮、破壊なしたる三功は、江川北川作江た
ち、

死んで花実を咲かせたぞ、生きて誉は馬場軍曹、敵前架橋で人柱、しばしその身は凍えたが、大和魂の軍人で、後の世まで名を残す、

それは昔の物語、軍国時代の物語、今じゃ日本は平和国、

こういうバナちゃん食べおうて、貴方百までわしゃ九十九まで、

共にシラミのたかるまで、そらちごうた間違うた、共に白髪のはゆるまで、

スポンサードリンク

平和に楽しく暮りゃしゃんせ、

ならこいつが二八か、まだ負けて二五まで、とことんで二三か、

兄さん言うたら江戸っ子の、五月の鯉の吹流し、男度胸で二〇か、

エーモサイサイ一五〇、一三〇、キリキリ百円ぞ、これ百円安いでしょう、

これ百円で売ったなら、台湾銀行総つぶれ、売った私の行く末は、家は断絶身は夜逃げ、

夜逃げする身はいとわねど、後に残りしノミシラミ、明日から誰の血を吸うて暮らすやら、

それ思うたら売られんぞ

The following two tabs change content below.
まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

スポンサードリンク