上野で抵抗した彰義隊を1日で壊滅させた理由は?

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先週のNHK大河ドラマ西郷どんで大村益次郎に扮した落語家の林家正蔵が抵抗勢力は1日で壊滅させると豪語しました。江戸城解放に反対する幕臣らが上野の寛永寺に立てこもるわけで、その数3000人とも言われ、戦いが長引くことがよそうされたのですが、それを1日で片づけると林家正蔵が言ってのけるわけですが、そこで先週のドラマは終わりました。

その続きが今日(10/14)の放映で明らかになります。1日でやっつけた理由は、新政府軍の佐賀藩所有のアームストロング砲でした。このアームストロング砲という最新式の大砲を旧加賀藩邸((現在の東京大学本郷キャンパス)に据えて砲撃をします。これは当時としては非常な遠距離で、不忍の池を飛び越えていきます。見えないところから大砲が撃ち込まれるわけですから、彰義隊は瞬時に打ち砕かれました。

アームストロング砲

幕末のころの大砲というのは戦国時代の青銅砲と大してかわりません。砲身の内側は花火の打ち上げ筒のようにツルリとしています。弾は丸い鉄球で、砲の先端から押し込みます。下を向けると弾がコロリと転がり落ちるので常に砲身をやや上方にをむけておくひつようがありました。

ですから砲台から海上の船を打つ場合は砲身が下を向くので、入れた弾が転がり落ちるのです。これでは砲撃すらできません。打てたとしても船まで弾が届きませんでした。西洋式の軍艦はアームストロング砲を装備していました。大砲の差が長州藩が、下関で4カ国艦隊に打ち負かされた原因です。青銅砲の弾は敵に当たっても爆発しないので地面や家屋に穴をあける程度で地面にごろりと落ちてしまいます。

アームストロング砲というのは椎の身型の尖頭弾です。弾は砲身の後ろから入れます。砲身にはらせん状に筋が掘ってあります。ですから弾は真っすぐに飛び、飛距離も青銅砲とは比べ物にならないぐらい飛びます。おまけに弾には火薬が詰められているので当たると爆発します。これが官軍が彰義隊を1日で打ち負かした大きな理由です。

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最近は、

昔の青銅砲のようにツルリとした砲身が、新式の戦車には装備されています。これを滑腔砲というようです。

火砲を使用し始めた黎明期の砲身は技術レベルが低く筒同然であったが、これを滑腔砲身という。一方、螺旋状のスジ、ライフリングを内側に刻んだ砲身が後に開発され、砲弾の弾道安定性や、命中率をあげた。艦砲や榴弾砲においては、上記理由からライフル砲が採用されている。戦車砲で滑腔砲が使用される理由は、戦車砲は砲弾に安定翼を取り付けたAPFSDS弾を使用することで、威力と命中率の向上を両立させているからである。現代において滑腔砲を用いているのは、小口径迫撃砲と戦車砲である。

(出典:ウイキペディア)

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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