片翼の恋人2

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3万円を払ってチェックインした

525号室のカードキーを受け取ってエレベーターの方向に向かう。

「荷物、俺が持つよ」

トートバッグを受け取った。

「ごめんね、正明さん。大丈夫?
でも、無事に逢えてよかった」

「うん、そうだね、しかし、どこにいたのよ」

「・・・うん」

片麻痺があると歩きながら話せない。佐美子の歩行はぎこちない。杖をついて健側の右へ傾きながら、左足を振るようにしてゆっくりと進んでいく。先を行く正明はいつもより遅く歩いたつもりだが佐美子はついていけない。立ち止まって今度は佐美子の後を正明が歩いた。エレベーターの箱に入るとインジケーターで25Fのボタンを押した。

箱から出て、フロアーの配置図で確認すると525号室まではかなりの距離がある。二人でゆっくりゆっくり歩いた。廊下の途中で掃除のおばさんとすれ違ったので軽く会釈をした。二人の一夜だけの愛の巣は建物の角にあった。正明はカードを差し込んだがロックがはずれない。3度目でやっと開いた。荷物をベッドのそばにおろして正明は窓のカーテンを開くと品川ビューが現れた。

「おお、大都会」

佐美子がゆっくりと杖をついて寄ってきた。

「うわぁ、ほんと」

正明は、佐美子の右腕をつかんで、そっと抱き寄せた。

「あ、」

彼女は一瞬よろけたが無事に正明の右腕に納まった。男の顔がグッと近づいてくる。女はそっと目を閉じた。唇と唇がそっと触れあい重なった。男は女の体を1本の右腕で抱き支えながら小鳥たちのついばみのようなキスをした。

「ねえ、ベッドに座ろうか」

「うん」

二人とも反張膝といってヒザが伸びたまま曲がらない。立位だと疲労が大きく愛を囁くどころではない。女の顔が恍惚となり、左手がブルブルと震えている。男の足も緊張で突っ張りが強くなってきた。長い抱擁が次第に負担となり、正明からベッドに起き上がった。ついでに佐美子もなんとか自力で起きて、ベッドを降りて椅子に腰かけた。正明も向かい合って座った。用意されていたポットから急須にお湯を注いでお茶を準備した。

「ねえ、スターバッカスにはどうしていなかったの?」

正明はそれが解せない。

「うん、私、12時半には着いたのね。店内に入ったけど。あそこ、椅子が高くて座れないのよ。で。疲れてヘロヘロだったからホテルのロビーで待っていようと思ったの。でも、場所もわからないので品川駅の南口で30代の男の人に事情を話したら車でホテルの前まで送ってくれたのよ。ロビーに行ったけど、待合所のソファーは人で混んでいたの。それで2階の喫茶店に行って、ずっと携帯が鳴るのを待っていたのよ」

なるほどそう言われれば確かにそうだ。普通のテーブルならいざしらず、スタンドバーのような腰の高い椅子では障害者は上れないし、足載せがパイプでは麻痺足が直に滑り落ちてしまう。

「あ、そうなんだ。でも、携帯には2回掛けたけど、男のひとが出て、テッキリご主人だと思って慌てて切っちゃったよ。途中何かアクシデントにあって旦那さんが迎えに行ったと思い込んでしまった。佐美子が転んで入院でもしているんじゃないかと想像してしまったんだ。ホテルのロビーもバッカスも何度も探したけど、見つからない。あきらめて帰ろうと思って、電車に乗った。立会川の駅で電車が止まると、突然、やっぱり戻ろうという気になった。それでここにきてフロントでこんな女の人が尋ねてきませんでしたかって。そう聞こうと思って、カウンターの向こうを見たら君の顔があったので、なんとも言えないぐらい嬉しかったよ」

携帯番号間違えてた

「私だってそうよ。ヒョイっとカウンターの向こうを見ると正明さんがいるじゃない、もう嬉しいなんてもんじゃなかったわよ。逢えなかったら東京の友達に電話して慰めてもらおうと思っていたの。でも、こうして無事に逢えてよかったわ」

「ほんとだ。しかし、良く逢えたな。ところで携帯の番号って、090~3437~0088だよね」

「やだ、090~4337~0088よ。4337を3437と間違えているわよ」

正明は改めて手帳に控えてある番号を確認すると4337を3437と間違って記入していた。
「あ、それでか。じゃあ、他人の番号にかけてたんだな」

疑問が解けたらお腹が空いてきた。館内の中華レストランへ行って単品で注文した。
細切り牛肉のピーマン炒め ¥1550 青桔菜の炒めもの ¥800 ピーナッツと鶏肉の唐辛子炒め ¥1350 中華チマキ2個¥500ビール中1本¥450

とりとめのない会話をしながらの楽しい夕食になった。佐美子はウーロン茶だ。飲めない性質だという。料理のほとんどを平らげると満腹になったので清算して部屋に戻った。正明は浴室へ行ってお湯を張るようにセットした。着替えをしようと思ったけど浴衣は二人とも着られない。暖房も効いているのでジャンパーやセーターを脱いで椅子に座って話しているとお腹も落ち着いてきたので、正明から風呂に入った。

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 バリアフリーの部屋を予約したのに、

浴室には手すりがつけられているだけである。正明はなんとか浴槽に入ったが佐美子には無理だろう。室内の椅子を浴槽のそばへ持っていき、椅子の高さと浴槽の高さをそろえて浴槽のふたへ体を滑らせて移動できるようにした。

「佐美子風呂入れよ。椅子を置いといたから大丈夫だと思う」

「うん、でも一人で入れるかなあ」

「俺が介助しようか」

「え、それはやだ、がんばって一人で入る」

「いいじゃないか、遠慮するなよ」

「だって、恥ずかしいもん・・・」 次へ

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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