片翼の恋人

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羽田空港は広かった。到着口までの通路が延々と続いている。途中には動く歩道もあって、みな歩道の上を走っていた。動く歩道やエスカレーターでは人が左端に寄っている。最初、右側に寄って手すりにつかまっていたら邪魔だと言われて慌てて左に寄ったら、左麻痺なので足がもつれてころびそうになった。

品川駅へ行くには京浜電鉄がいいと聞いている。乗り場へ急いだ。泉岳寺方面行きの普通電車が止まっていたので、

「これは品川へ行きますかね」

と確認の意味で聞いた。

「ええ、いきますよ」

というのでほっとして箱に入った。やがて電車は動き出し、羽田から天空橋、穴守稲荷、大鳥居、椛谷、京急蒲田、梅屋敷、大森町、平和島、大森海岸、立会川、鮫州、青物横丁、新馬場、北品川、品川と16番目がやっと目的地の品川駅であった。時間にして25分が過ぎていた。コンコースの時計は1時を10分ほど過ぎようとしている。

いない、どこにもいない

待ち合わせ場所のスターバッカスはJR品川駅の構内へ入らなくても良いところにあるので直ぐに見つかった。正明が約束の喫茶店に着いたのは1時15分である。佐美子が先に来ているか期待していたがいなかった。千葉から電車を乗り継いでくるのだから相当の困難が予想される。男の正明ですら人混み中を歩くのは死ぬほど疲れるのだから佐美子は想像を絶するほどの疲労が襲うだろう。しかし、こういう苦しみや疲労にも慣れていかないと引きこもりになってしまうので、苦しいだろうけど、どうか乗り切ってほしいという思いで一杯だった。

5分、また5分と時間が過ぎてゆく。しかし、約束の時間を10分過ぎても佐美子は現れない。さらに30分が経過した。来ない。正明を不安が襲う。何かアクシデントでも起きたのかもしれない。携帯にかけて見よう。090~3437~0088確かこれでよかったはずだ。近くの公衆電話からかけてみた。

「はい、モシモシ」

野太い男の声がしたので慌てて電話を切った。今出たのは佐美子の旦那だろうか。途中で事故にでもあって家族に連絡が行って、ご主人が電話に出られたのかもしれない。

「あ、そうだ」

先に来て待ちくたびれて、もうホテルのロビーへ行っているのかもしれない。そう思うと正明は矢も立てもたまらずに、高輪口から品川プリトンホテルへ移動した。距離にして2キロほどはあったであろうか。かなり疲れた。しかし、ロビーへ行っても待合コーナーのシートに座っている顔を見渡しても佐美子の姿はない。ホテルの公衆電話で再び佐美子の携帯にかけたけど、また、男の声がしたので慌てて切った。

もう間違いない。事故にあって旦那が迎えにきたに違いない。そう思い込むとだんだんそれが真実のように思えてくる。それでもひょっとしたらスターバッカスへ着いて、待っているかも知れない。再び引き返して喫茶店を覗いてみるがどこにもいない。

もう一度プリトンホテルへ戻ったがやはりいない。そしてまだスターバッカスへ行っても見つからない。正明は途方にくれてしまった。ホテルをキャンセルして今日中に福岡に帰ろう。既婚の障害者同士が会うなんて。しょせんは夢物語なのだ。神様が怒っておられるのだ。二人を逢わせないようにしておられるに違いない。

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キセキは起きた

正明は、再び京浜急行のホームへ入って羽田方面行きの普通電車のシートに座って脱力感でぼんやりとなった。北品川、新馬場、青物横丁と過ぎていく。鮫州へきたとき、突然、引き返そうと思った。せっかくホテルを予約しているのだから一人で泊まっていこうと考え直した。

アクシデントではなく、何かの都合で大幅に遅れて佐美子がホテルを尋ねてくるかもしれない。約束をしたのだから今夜は一人でも品川プリトンホテルに泊まるのが男というものだ。次の立会川駅で下りて、品川行きの普通電車に乗り換えた。京浜品川駅で下りて、もう一度スターバッカスへ行って見たが佐美子はいない。重い足をひきずってプリトンホテルのロビーを見渡すが見当たらない。こういう女性が尋ねてこなかったか聞いてみようと思い、カウンターへ行った。そして、何気にカウンターの向こうを見ると、見覚えのある顔がそこにはあった。声をかける間もなく向こうも気がついた。

「あ~」

「ごめんね、ごめんね・・・」

佐美子の目は潤んで今にも涙がこぼれ落ちそうだった。次へ

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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