筑後平野 (青春篇2)独立も駆け落ちも失敗、ヘタレの巻

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喫茶サンラビの常連と福吉海岸で海水浴

昭和54年・独立、失敗(28歳)

中学の同級生ペコちゃん経営の喫茶店「サンラビ」までの距離はおよそ2キロだ。当条北部集落の裏手に広がる農道をテクテク歩いて暇つぶしにいくのが日課となった。

サンラビのドアーを開けるとカランコロンと鳴った。カウンターに座った。

「お、いらっしゃい、マコちゃん」

「うん、ブレンドとトースト」

カウンター越しにペコちゃんがケトルをのの字に回しながらお湯を注いでいく。ぷーんと香ばしい匂いが漂ってくる。

「マコちゃん、もう呉服の仕事は辞めたとね」

「うん、もうあそこはつぶれたげな」

ブランチしているところへ見覚えのある客がやってきた。

「おろ、ケンちゃん、どうしたとね」

藤源のケンちゃんである。歳は僕よりも5つ歳上だ。売上は常にトップクラスで藤源を支えていた人物である。

「会社が潰れたけん、今、一人でボチボチ商売ばしよるたい」

「ふーん、そうね。仕入やら大変やろうたい」

「なあ、山下君、俺と一緒に仕事ばせんかい。最初は委託販売でボチボチ始めればよかたい。資金は金融公庫から借りられるばい。役場の商工会で申し込むとよか」

「ばってん。車も持たんし…」

「車なら緒方さんに言うと頭金無しのオール月賦で売ってくれるよ」

緒方とは福岡トヨタ久留米営業所の係長である。藤源に車を何台も納車していて。僕もケンチャンも顔なじみなのだ。

販売店に行くと緒方さんは、カタログと計算機を出して、

「えーっと。36回払いで毎月56000円支払いになりますね。最終的な金額は2016000円です」

「えー、カリーナが200万にもなるとね。カタログ価格が138万円ばい。諸経費が18万円として…、金利が456000円にもなる」

金利の事など、もうどうでもよかった。それよりも頭金無しでも車が手に入りそうな事で有頂天になっていた。ポンコツの軽自動車ならいざしらず。1600CCの精悍なイメージのカリーナハードトップのスーパーデラックスが手に入るという夢のような出来事である。当座の運転資金はケンちゃんが保証人になってくれ、国民金融公庫から200万円を借りることができた。こうして僕は呉服の担ぎ屋となったのである。しかし、いざ独立してみると思うように売上は上がらないので1年もしないで挫折した。

始まりの始まり(28歳)

昭和54年、福岡県久留米市、
静かな住宅街の一角に小さなスーパーを営む家があった。スーパーと言うよりも雑貨屋と言った感じだけど看板にはスーパーと書いてある。平屋瓦葺の普通の家である。敷地内の小屋に業務用の冷蔵庫が置いてある。家族は両親と長男夫婦と久恵という娘がいた。母屋の離れに6畳間の部屋を持ち、ここで着物の仕立物をして暮らしていた。当時、小さな呉服屋の店員をしていた僕は、客から注文された付け下げや紬の仕立てを頼んでいた。久恵が10人並みの器量で、同い年という事もあり足繁く出入りしていた。

久恵には同い年の幸恵という従兄がいて、車で10分ほど離れた所に実家があった。しかし、家にはたまに帰る程度で、久恵の部屋に入り浸りであった。幸恵も着物の仕立物をしていたのである。二人は久恵の部屋で机を並べて裁縫していた。容姿は久恵に軍配があがる。と言っても幸恵を醜女とも言えない。平均的な日本人の顔をした田舎娘といった感じである。体格は二人とも中肉中背である。

今では28歳といえば婚期が遅れたとは言えないが、当時としてはトウの立った年齢である。久恵の両親や兄は早く嫁にやりたいとやきもきしていた。そんな状況の中、彼女らが仕立物を請け負っている呉服屋から久恵に見合の話が持ち込まれた。相手の男は西鉄バスの整備工をしている30過ぎの男で、同じ久留米市内に居住しているという。西鉄バスと言えば福岡県では名門企業である。整備工とは言え、大きい会社だから食いっぱぐれがないと両親も兄も大乗り気である。

久恵は断り切れずに見合を受けた。そういう状況の彼女らであった。そんな事とはつゆ知らず。僕は、のんきに久恵と幸恵がいる部屋を訪れていた。何かと用事を作っては遊びに行っては世間話に花を咲かせていた。僕の勤める呉服屋は久恵の家から1キロほど離れた時計屋の半分を借りて店舗としていた。呉服屋と言ってもほとんどが行商なのだ。

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ダメな男

この頃僕は喫茶店のウェイトレスをしている良子と付き合っていた。彼女には綺麗な妹がいて百科事典のセールスをしていた。付き合いで百科事典を買わされていたのである。そのローンが滞っていた。友達と呉服の担ぎ屋を始めた時、金融公庫から借りた運転資金200万円も返せなくなっていた。呉服の行商にも身が入らず、知り合いの喫茶店に入り浸っていた。オーナーと行った初めての唐津競艇で10万円ほど儲かった。それから競艇が病みつきとなっていったのである。

金融公庫の借金は親父がわずかな土地を手放して始末してくれた。こっちは問題なかったが、一緒に担ぎ屋を始めた友人のけんちゃんにも40万円ほど借りていた。それと百科事典のローンやガソリン代のツケも溜まっていた。そんなこんなで八女郡の実家に支払いの電話が頻繁にかかってくるようになり母親が頭を抱えていた。スピード違反で捕まり罰金の督促の電話が警察からあり、

「払わないと逮捕して留置所に入れる」

と言われ、母は、ためらわずに

「そげんしてください。息子は月1回帰ってくるぐらいで、どこで何ばしよりますか、じぇんじぇん知りまっせんけん。村の駐在さんにも相談しました。ばってん、駐在さんもどげんしてよかかわからんち、サジを投げられました。牢屋に入れてもらうなら、それが一番よかですけん。どうか警察の方で掴まえてください」

母がそういうと、

「お母さんが罰金1万円を立て替えて払ろうてくれんですか。警察も忙しゅうて罰金の未納ぐらいでイチイチ捜査できんとですよ」

すると母は、

「うんにゃあ、1万円なんてとんでもなかです。家には息子の借銭の尻拭いで一銭もなかですもん」

ある日、ふっと実家に帰ると、母が半泣きで警察とのやりとりを説明した。

居候になる

実家にも居づらくなったのでどうしようかと思案した。中学の同窓生で同じ村のカズナリと仲良しのゲンちゃんを思い出した。彼は高校を出て運送屋で働いていたが19歳で4トントラックを購入し、個人の運送屋になった。しかし失敗して借金をこさえた。それから長距離トラックに乗って借金を返した。そのゲンちゃんが久留米市でアパートを借りて一人暮らしをしているというのである。僕は、カズナリから聞いた野中町の葉月荘を訪ねた。

いかにも安普請のアパートのドアーをコンコンと叩いた。

「はーい」

スポーツ刈りで目のクリクリしたどこか幼さの残る顔が出てきた。

「あ、誰かと思うたらマコちゃんか、どうしたと、まあ、入らんかい」

中学の顔見知りというだけなのだ。帰れと言われてもしかたがない。そう思っていたのでゲンちゃんの言葉がとても嬉しかった。

「ゲンちゃん、俺は今、借金取りに追われて行き場のなかけん、今夜停めてくれんね」

哀願するように頼んだ。

「ああよかぜ、俺も借金の辛さはわかるけん」

その晩は二人で冷酒を飲んで布団を被った。

ゲンちゃんはこの時、大型ダンプの運転手をしていた。仕事が終わってアパートの部屋に戻るのは二人とも9時ぐらいであった。残り物のご飯にお湯をかけ塩クジラだけをオカズに飯をかきこんでいた。たまには仕事が終わって近くの屋台へ飲みにも行った。そんな事を繰り返していると出て行けとも言えず、

「しばらく居てもよかたい」

そういう事になってゲンちゃんのアパートに居候することになった。

ある日、久恵の部屋に寄った。同居している友達がいるので今度幸恵を交えて4人で焼鳥屋でも行こうと切り出すと、

「うん、行こう、行こう」

と、久恵も大いに乗り気だった。

グループ交際

ゲンちゃんに話すと大喜びである。それから珍竹林という屋台に4人で時々焼鳥を食べに行くようになった。飲んで帰りに彼女らが葉月荘に立ち寄った。家財道具と言えば薬缶と炊飯器、小さな雪ひら鍋と茶碗、コップ、ぐらいしかない。便所は汲み取り式で便器の汚れがひどい。

「うわー汚か。うちが掃除ばするけんバケツとタワシば貸して」

見かねた幸恵が掃除を買って出た。

「そげなもんはなか」

すると幸恵は押し入れを開けて中を物色し、使い古しのタオルを見つけると、
「これ、雑巾にしてよかね」

すぐに便所の掃除を始めた。

「久ちゃん、アンタは部屋の中ば掃除せんね」

久恵も部屋を掃除しようとしたが箒も掃除機もないので万年床を片付けるぐらいしかできなかった。幸恵も便器のヨゴレが落ちないと嘆いた。

「明日、うちが道具持って掃除に来るけん。鍵ば貸しとかんね。掃除が終わったら鍵は管理人さんに預けておくけん」

ゲンちゃんは喜んで幸恵に鍵を渡した。翌日夜8時ごろ葉月荘の部屋に戻ると部屋はとてもきれいに片付いて便器も綺麗になっていた。こうして4人の親交は深まっていくのである。そしてこのトイレ掃除の一件から幸恵はゲンちゃんに気がある素振りを見せるようになってゆく。

久恵の離れの部屋に行くには玄関の横にある冷蔵庫の小屋を抜けていかねばならない。家人に気付かれる恐れがある。コッソリ離れへ行くには幅1米ぐらいの水路を飛び超えるしかない。夜中の訪問では懸命に飛んでいたが、一度ゲンちゃんが水路に落ちそうになった事がある。家の周囲は垣根があるので上手に飛ばないと樹木にはじかれてしまうのだ。とび越えたら猫の鳴き声を真似する。するとサッシが開けられる。そういう手筈になっていた。

こうして僕たち4人は、休日になると喫茶店でお茶したり。珍竹林へ飲みに行った。秋になると宮崎のえびの高原へドライブにも行った。楽しいグループ交際を続けていた。この時、僕はカリーナ1600スーパーデラックスを持っていた。やがて車の手形毎月5万円が支払えなくなる。車の代金180万円のうち三分の二ほどの支払いを終えていた。残金は60万円ほどしかなかったのでゲンちゃんが残債を引き継いで自分の物とした。が、車の名義変更はしてなかったと思う。こうして僕は車を失ったので呉服屋のサニーのライトバンを通勤にも使って良いということになった。

久恵の縁談

この頃ゲンちゃんは知り合いから転職を勧められていた。同郷の先輩が車の部品工場を立ち上げるから働かないかと誘われていた。ダンプの運転手を続けるか工場で働くか悩んでいた。
いつものようにゲンちゃんと久恵の部屋を訪問したら久恵が浮かぬ顔をしていた。幸恵はカルピスを作ってきてテーブルに置きながら、

「久ちゃんは今、見合の話が来とるとよ」

と、切り出した。するとゲンちゃんが、

「へー、そうね、相手はどんな人ね」

「うん、西鉄に出よらすとよ」

久恵の代わりに幸江が語った。

「おー、西鉄勤務ならよかね。俺たちみたいな零細企業と違って安心ばい。結婚相手ならよかと思う」

僕の意見にゲンちゃんも頷いた。

「それがね、風采も上がらんし、色も黒い。久ちゃんのタイプじゃなかと。ばってん、お父さんも兄ちゃんも、よか話やけん、男は顔じゃなか。西鉄なら一流企業ぞ。安定した企業が安心たいと大乗り気」

「ばってん、そげん言われてもね。毎日一緒におるとじゃけんね。ワクドのごたる男は嫌ばい」収入が少なかなら自分で稼ぐけん。好きな男と一緒になりたか…」

久恵が黙っているので幸江が代弁した。ワクドのような男とはいささか言いすぎではなかろうかと相手の男に同情をおぼえた。ワクドとは方言で、ガマガエルの事なのだ。

「久ちゃんならよか女やけん、相手ならいくらでもおろうもん。そいで幸ちゃんも相手はおらんとか」
とゲンちゃんがカルピスを飲みながら言う。

「それがねえ、二人とも誰もおらんとよ」

久恵が寂しそうにつぶやいた。

彼女は長い髪で彫の深い都会的な顔だ。僕は好きなタイプだが、他に付き合っている良子がいて妊娠3ケ月だった。借金抱えている身では結婚などとんでも無いから別れてくれと頼んでも厭だと言い張る。良子の両親は僕との結婚には反対していると聞いていた。彼女は以前、お菓子屋の息子と恋愛し妊娠。向こうの親の反対で結婚を諦め、中絶したという過去をもっていた。

良子が別れないというのは、僕の気持が久恵に向き始めているのを察知したのかもしれない。良子と切れて久恵と付き合いたいと思い始めていたので気が重かった。それに借金もあるのでなおさらである。身から出たサビとは言え、面倒な事から逃げたかった。おまけに呉服の売り上げも上がらない。

夏の夜

夜9時頃、着物の仕立ての件で久恵の部屋を訪ねた。この時は家人に見られてもかまわない。冷蔵庫のある小屋の横を通って部屋へ入った。久恵は仕立物をする台の前でポツネンとしていた。

「今晩は。暑かねえ。もう蒸かし饅頭になったごたるばい。アレ、幸恵ちゃんはおらんとね?」

「あら、まこちゃん。うん、暑いね。幸ちゃんは実家に行っとるけん、今夜は向こうに泊まってくるかもしれん」

「ふーん、そうね。ところで、浴衣ば一枚大急ぎで縫うてほしかとばってん、よかね。5日の水天宮の花火ば見に行くとに着るとげな。こげな安物、銭ならんばってん。お得意さんの紹介じゃけん断られんたい」

知り合いに紹介された40代の主婦が高校生の娘に着せようと紺地に赤いカトレアを染めた浴衣を買ってくれたのである。

ついでに献上博多の半幅帯も注文してくれた。半幅帯が8千円。浴衣が仕立て代込みで1万2千円。合計2万円。利益は薄いが売り上げゼロよりもよかった。

「えー、浴衣ね、5日に着るなら後1週間もなかねえ。今付け下げ縫ってるけどよかよ、間に入れろうかね」

浮かぬ顔だったが仕事の話になると少し気を取り直した。部屋にはテレビは無く、ラジオから音楽が小さく流れ、扇風機がゆるやかに回っていた。久恵が立ちあがろうとすると薄手の白いスカートがふわりとめくれそうになったので慌てて押さえた。

「何か冷たい物持ってくるね」

久恵は母屋の方へ消えていった。僕はボタンダウンのシャツの胸ポケットからロングホープを出すと1本出して口にくわえながら淡いキャメル色の綿パンのポケットから農協マッチを取りだして火を点けた。2~3服していると久恵がお盆に黒い液体の入ったコップを二つ載せて入ってきた。

「これ、飲みよって。あ、灰皿もいるね」

「お、アメリカラムネ」

コップを取って一気に喉に流し込んだ。液体が喉を流れる時のジカジカ感が心地よかった。

「ふふふ、アメリカラムネ」

久恵は小さく笑いながら再び母屋の方へ行くとカンズメの缶に似た灰皿を持ってきて仕立て台の前に座った。浴衣の反物に添えられていた寸法帳に目をやると、数値を確認し始めた。

「着丈は4尺。袖丈1尺3寸。身巾は…」

「うん、それに書いてある通りでよかけん。袖の丸みは少し大きくね」

それからしばらくして、

「昨日、見合の相手に会って喫茶店でコーヒー飲んだと。それから車で筑後川の堤防に連れていかれたと…」

「ふーん、ところで、見合は誰の心配ね」

「今村さんよ、あすこの奥さんの親戚げな」

今村呉服店の大将の奥さんと親戚になる30歳男性が見合いの相手だという。久恵と幸恵はこの呉服屋からも仕事を回してもらっているので断れなかった。

久恵の父親がどうしてもこの話をまとめたいと熱心だと言う。3つ上の長男が熱心になるのは嫁と妹の事を考えての事だろう。兄嫁にとって久恵は小姑になる。だから早く嫁に出したい。それが家族の総意なのだと言う事だろう。

「さっき、今村さんからお父さんに電話があって、近いうちにクギ茶ば持って来るげな。うちの気持ちは無視して話のどんどん進んでいきよる」

クギ茶というのは仮結納の事で筑後地方では決め茶ともクギ茶とも言われる。揺れる女心にクギを差す。そういう意味があるのだろう。そして久恵がこんな事を切り出した。

「昨日ね、男の人が車の中でキスしようとしんしゃーとよ。うち、嫌ぁーそげんとは…」

男の気持ちとしては十分すぎるほどわかる。この地方で筑後川の堤防と高良山の展望台はデートコースの定番なのだ。久留米市内でお茶して人気のない場所へ車を止める。高良山から久留米の夜景を見ながら女を口説く。または筑後川の堤防で。

「ふーん、そりゃあ、また忙しか男やねえ」

心にもない事をつぶやいていた。この時、ラジオからチューリップの歌う心の旅が流れてきた。

「あ~あ、今夜だけは、君を抱いていたい~♪」

夏の夜は流れ夜中を過ぎていた。母屋の電気も消え開けはなったサッシの向こうからコオロギの声が聴こえていた。僕は急に久恵を抱き寄せ唇を重ねた。二人は黙ってその場に倒れこんだ。

「ね、久ちゃん、二人で逃げよう」

自分でもどうしてこの言葉が出たのか良く分からない。

「うん…」

この夜、そっと久恵をライトバンで連れ出して久留米の篠山にあるラブホテル「有馬」で結ばれた。

「どこに行くとね」

「うん、長崎に行こか」

あえなく失敗

逃げる先は長崎だと思った。以前の呉服屋に居た時、頻繁に商売で行っていたので地理がわかっている安心感があった。それと稲佐山から見る夜景の綺麗さを久恵に見せたかった。逃げると言ってもピクニックにでも行くような軽いノリだった。この夜は久恵を自宅に戻した。あくる日の夜、打ち合わせのために久留米の競輪場の駐車場で待ち合わせをした。

約束の時間は夜の8時だった。サニーのライトバンを止めて車内で待っていると、白いシビックがやってきて近くに止まった。久恵が下りてくるのが見えた。近づいて来たので助手席へ招き入れた。カーラジオから流れてくる歌を聴きながら甘い雰囲気に浸っていると、コツコツとドアーのガラスを叩く音がした。振り向くと懐中電灯を持った警官がのぞきこむように立っていた。

「モシモシ。ここは危ないけん、早く家に帰りんしゃい」

「ああ吃驚した」

興醒めしたし、今夜は、クギ茶がくるというので明日決行を約束して別れ、それぞれの家に戻った。

次の日、久恵の部屋に忍び込んだ。昨夜、仲人が持ってきたというクギ茶を前にアイス珈琲を飲んだリして深夜になるのを待った。母屋の電気が消えてしばらくすると二人で小屋へ車を取りに行った。そのままエンジンをかけると音がするのでマズイ。久恵をシビックの運転席に座らせ、僕が後ろから押して少し離れた場所でエンジンをかけた。自分の乗ってきたサニーのバンを一人で押して母屋から離れてエンジンをかけ、後から付いてくるように久恵に小声で伝えた。

僕の実家の前にサニーバンを止めた。彼女のシビックで逃走することにした。運転するのは僕だ。八女郡広川町から荒木経由で久留米市へ入る。花畑から篠山へ行き、小森野を抜けて国道34号線へ出ると左折し、武雄方面へ車を走らせた。

「朝起きて久ちゃんがおらんとがわかったら吃驚するじゃろうね」

「うん…」

この時の二人は後でどんな面倒な事になるのかなど考えもしなかった。なぜかウキウキしながら武雄で長崎方面へハンドルを切った。途中、道路そばの空き地に車を止めて仮眠を取った。陽が昇ると長崎市内へ入り、観光地巡りをして夜は稲佐山観光ホテルに投宿。夜景を見ながら甘い時間を過ごした。次の日は大村競艇に行って数千円負けた。お金が無いので幸恵に金を送ってもらおうと久恵が電話をかけた。すると向こうでは大変な事になっていた。

久恵が男と逃げた事がわかりると見合の相手は怒り狂った。一緒に逃げた男を殺してやるとまで口にしたそうだ。久恵の父親も兄も激怒し、警察に捜査願いを出した。自殺の恐れがあるというので捜査願いは受理され、車両ナンバーは手配されたという。幸恵は、車のナンバーもわかっている。捕まるのは時間の問題だから帰って来いと久恵を諭した。

これを聞いて二人の恋の逃避行は空気の抜けた風船になった。久恵は怯えた。しかし、家へは帰りづらいというので幸恵の実家へ避難させる事にした。八女郡広川町にサンラビという喫茶店がある。僕の実家から2キロ離れている。ここで幸恵と落ち合う事にした。夕方にサンラビの駐車場に着くと幸恵はすでに軽トラで待っていた。

「あ、ごめんごめん、心配かけたね」

「うん、今村さんと相手の人がものすご怒っとらすけん。久ちゃんはしばらくうちの実家に隠れとくがよか。ゲンちゃんも心配しとるよ」

サンラビでシビックから降りて久恵と別れた。夕暮れの農道を自宅目指してトボトボ歩いた。実家の隣に昔住んでいた15坪の家があって廃屋になっているのでここをアジトにしていた。逃げる時置いていったサニーバンはすでになかった。鍵は付けておいたので勤め先の呉服屋の大将が持って帰ったのだと思われた。

アジトでしばらく寝ていたら腹が減った。勝手口から母屋の台所へ入り、コンコン漬けで飯を食っていると母がやってきた。

「あ、母ちゃん、父ちゃんは」

「おらん」

短気者の親父がいたらひどく叱られると思っていたのでホッとした。

「呉服屋の人が来てお前がおらんけん。行き先を知らんかて聞かれた。ばってん、知らんち言うた。車は持って行くち言うけん、ハイどうぞち、言うた。お前、女の人と逃げたげなね。ええくろ加減にしとかんと。また父ちゃんから怒らるるばい」

母の言う事はイチイチ最もなので弁解はできない。その夜はアジトでタオルケットを被って寝た。

次の朝起きてこれからどうしようと思ったが良い思案も浮かばない。サンラビに行く事にした。半袖の白いポロシャツにグレーの綿パンとスリッポンの靴をはいてアジトを出た

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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