片麻痺の辛さは、たとえ家族でも理解できない

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脳卒中を患い片麻痺になると辛い胸の内をわかってもらえず辛くなる時もあります。

発病当初から1年~2年ぐらいまでは珍しがられて、優しい態度で家族も接してくれますが、歳月を経るにしたがって、どこかよそよそしい態度になり、麻痺が治らないのはリハビリを怠けているからだ。とか。片方の手足は動くのだから、家事はもっとできるはずだ。何かできるしごとがあるだろう。頑張って仕事を見つけてこい。などとハッパをかけられてしまうこともあります。

片麻痺というのは、

一見車いすの人に比べて楽そうに見えますが、手足が1本づつ動くだけでは役に立たないことが理解してもらえず苦労することも多々あります。僕は主夫で食事の支度も買い物も生活費もすべて自分でやります。辛いのが配膳の時で、片手でお盆を持つので、どうしても良い方の腕と肩を酷使してしまいます。片手での配膳は腕が痛くなると結構つらいです。

精髄損傷者のように下半身不随でも両手が使えると、車いすを利用し、デスクワークや家事なども工夫次第では片麻痺より良いかもしれません。片手片足というのは実に厄介で、レジ袋にビニールなどの柔らかい物を入れるときの苦労や、ジャージーのチャックを片手でしめる苦労、またキッチンの三角コーナーやレジ袋をゴミ箱にいれるとかの作業が難しい。やろうとおもえばできるけど、恐ろしく時間がかかり、疲労感が半端ないこと。健常者だとあっという間にできることなのですが、それをやるのもリハビリだと言われてしまったり。

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それと爪切りも苦労します

麻痺側の爪を切ろうとすると指が曲がって切るのが大変。良い方の手はどうやって切ろうかと頭を抱える。足で爪切りを押さえるという荒業も。麻痺指の爪も永くなると退化して、すぐに血が出たり、巻き爪になったりします。家族も爪切りは怖いと言うので、病院で切ってもらうことも。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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