明日どうなるかは誰にもわからない

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不安症候群かも

ある障害者の男性が、正社員で貯金も持ち家もアリ、頼りになる親戚もいる。それなのに父親が死んだことで、不安がぬぐえないと度々投稿していた。なんの問題もないようにも思うが以下のコメントを付けた。

そんなに裕福なら何の問題もないようにおもいますが。ひとそれぞれ色んな悩みがあるのですね。僕は10万円に満たない年金暮らしで、貯金もほとんどありません。妻と二人年金暮らしです。二人だから暮らしていけますが、いずれどちらかが先に死ぬわけで。妻は一人になっても暮らして行けるぐらいの貯金はあるようです。僕が先に死ねば問題はありません。

人生は一寸先は闇

しかし、妻が先に死んだら僕の年金では食べていけません。現在の団地を出て家賃の安いアパートを探すことになりますが、一人暮らしの高齢者にはアパートを貸してくれないそうです。借りれたとしても保証人を付けなばなりません。子供がいないのでそれもできません。病院に入院する時も同様で、保証人がいないとどこも相手にしてくれません。ですから持ち家のある人が羨ましいです。

今の世の中はお金が無いと誰も相手にしてくれません。不動産にしろ金融にしろそれなりの資産があるということは素晴らしいことです。それなのに不安が付きまとうというのは杞憂だと思います。昔の中国の杞で、いつ天が落ちてくるかもしれないと心配していた人がいたそうです。

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最後に

それが杞憂の語源だと聞きました。いつ戦争がおきるかもしれないし。いつ自然災害に見舞われて全ての財産を押し流されてしまうかもしれません。僕が脳卒中になった1月後に田中角栄という有名な元総理が脳梗塞で倒れて重度の障害者になって、最後は仲間に裏切られて、糖尿病で足を切断して死にました。中卒で土工だった僕は、現在に至ります。

 

この先何がどうなるかなど誰にもわかりません。僕はいつ野垂れ死にしてもいいように心がけていますが、多少の不安はぬぐえません。今できることを精いっぱい生きていくしかないように思います。

 

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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