障害者恋愛と性について考える

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思春期の子を持つ家族の悩み

知人に知的障害のお孫さんをを持つ人がいる。重度の脳性麻痺がある18歳だという。お孫さんは歩くのもおぼつかないそうで良く転ぶそうだ。離婚した娘さんが実家に身を寄せている。別れの原因は障害児のことだという。離婚して実家に戻ってきた娘さん(40歳)養護学校に通う18歳のお孫さんと70代の知人男性と奥さんの4人で暮らしている。知人は元気なころ複数の個人企業を経営してた。それなりの資産を築いているので娘さんを養うことができている。

娘さんが結婚するときに知人は相手の男性が気に入らず、反対をしたという。障害児が生まれたことで夫婦の関係に深い溝ができた。その後離婚したので引き取ったのだが、子供の事で問題が起きると。つい、「俺の反対を押し切って結婚したからだ」という言葉が出てしまう。子供の将来についての話題になると、ことごとく意見が対立し、娘さんは半狂乱になるのだという。

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人としての本能

ある日知人は、孫が転がるように家を出ていくのを見た。転んだらいけないと思って後をついて行った。時々頭をケガして帰ってくる孫を心配したのだった。後をついていくとコンビニへ入っていった。後から見ると孫は成人雑誌の表紙の女性の上半身裸の写真を一心にみつめていた。18歳の男だから誰に言われなくても女性の体に興味を示す年ごろである。男とすればこのことは理解できるが、女性には理解できないかもしれない。知人は孫が家を出るたびに後を付け不測の事態に備えた。通行人の女性に抱きついたりしないかという不安が頭をよぎるのである。自らの青春時代を重ねると孫の行動も男の本能として理解できる。孫に握り飯の食い方を教えるかどうか知人は悩んだ。こうことを娘に言うべきかと頭を抱えた。

話は変わるが同じ団地に脳性麻痺の障害者が、地域で暮らすための訓練として、数名が入居してきた。全員重い言語障害と四肢麻痺がある。入居していた授産施設から自立訓練のために出てきたので、生活面でのサポートは施設の職員が時々手伝いに来た。団地の中にボランティアに熱心なクリスチャンの女性がいて、障害者サポートのグループを立ち上げた。自分もお付き合いで名を連ねた。

しばらくするとA君という30代の男性が車の免許を取ると言い出した。そのサポートをボランティアさんが熱心にやり始めた。40代女性のボランティアさんには少額6年生の娘さんがいる。いつも母親についてくるので、少女とA君は親しく口をきくようになる。親しくなるにつれ彼が少女を見る眼差しに変化が現れる。ある日、団地にできた福祉会の食事会に行った。少女とA君は仲睦まじく談笑していた。

食事が終わると、口の周りを拭いて上げたり。コーヒーを飲むためのストローを入れて口のそばまで持っていく。その様子は微笑ましかった。そういう雰囲気の中で、少女がこういった「A君が好きよ」少女は友達として好きよ、と言ったのだろう。しかし、これから二人はより親しくなっていくのがはた目にも感じられた。それからしばらくするとA君は新車を購入しボランティア親子とドライブを楽しむようになる。

それから1年後ぐらいにA君の姿が団地から消えた。彼らの仲間に尋ねると精神病院に入院したという。中学生になった少女は大人びいてきて次第に母親と行動することが少なくなった。Aくんは以前に少女が何気なく言った「好きよ」を男女の愛と勘違いしていたのだろう。言葉も満足に話せないから自分の意思もうまく伝えられない。妄想が妄想を呼び、精神状態が不安定になったようだ。A君が回復するまでには数年を要したが、遅すぎる青春の良い想い出となっているだろう。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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