頑張れ、森永ちゃん

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健常者というのは妙なもので、

障害者を見れば何かねぎらいの言葉をかけなければならない。そう思いこんでいる節がある。
野口さんは実直というか真面目というか。路上で僕と合うと。それはそれは丁寧な挨拶を欠かさない。
 
今日信号待ちをしていると野口さんと偶然出くわした。
「いつも頑張っておられますねすね。今夜からまた雨になるみたいですよ。買い物気を付け行っててください」
丁寧に挨拶されるので、最近いささか食傷気味である。片麻痺があると歩行の途中で会話したりすると。結構面倒くさい。後ろから話しかけられても振り向けないし。歩くのに精いっぱいで几帳面な挨拶などご免こうむりたいが。世間様のおかげで暮らしていける身上としては人様の恩情をないがしろにできない。渋々時候の挨拶などして対応する。
 

その点、森永ちゃんはタメ口も受け入れてくれた

彼は僕の団地の裏のに住む。町内会長をしたりしていた。リーマン時代はそこそこの地位にいたであろうことを感じさせた。奥さんと二人で戸建てに住んでいる、当世風に言えばリア充である。森永ちゃんがいつかこんなことを言った。
「もう女房では立たン」
「アンタいくつな」
「80歳過ぎた」

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僕はもったいぶって腕を組んだ

「80歳になっても女が欲しいとか」
「そんなら博多駅のグリーンホテルにいくとよか。その手の女がおるげな」
そんなヨタ話をする間柄であった。そして2年前奥さんをガンで亡くした。凹んでいたので、ヨタ話をして慰めていたら今度は森永ちゃんがガンにかかった。
「もう80歳過ぎたとやけん。しょうがないばい」
そういうしかなかった。半年後に合うと肝臓にも転移した。しかし、その割にはドラッグコスモスへ買い物にいったりしている。そういう状態なら病院のベッドで体に管を付けられて。牛乳色をした痛み止めの点滴を受けるものだと思っていたら。最近のがん患者は違うらしい。
 
今日も森永ちゃんと会ったが、今度は肺に転移したという。もう3回目の転移だというのだが、ショボショボではあるが歩道を歩いているのである。
「ふーん。今度は肺に転移した。ほんならアンタも覚悟ばしない」
 
そう言って別れた。また、会う日がくるのだろうか。明日は我が身。いずれ行く道でもある。
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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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