障害者スポーツ大会の申請書提出

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申請書の書き方が複雑

昨日、福祉センターで上原さんと待ち合わせて、4月29日にある福岡県身体障がい者体育大会の出場申請書を出してきた。上原さんは卓球に、僕はジャベリックスローに出る。

まず、障害者手帳の番号、障害の等級、障害の疾患の記入。年齢区分もある。①39歳以下と②40歳以上の二つがある。次が障害区分だ。二人とも肢体不自由に該当する。それから障害の原因となる病気の区分だ。脳原性麻痺だ。それからさらに細かくわけられている。専門的すぎて訳がわからなくなる。

窓口は非正規雇用者

障害者担当の窓口の職員もいつもと違う女性が座っている。要領を得ないのでいつもの担当者に代わってくれと言うと、移動になったそうだ。で、代わりにいるその女性は派遣だという。市の職員ではない人が障害者福祉係の窓口にいるのだ。専門的すぎる障害者福祉全般の知識などない。デスクワークになれただけの素人が対応している。こちら側も勉強しておかないと時間ばかりがかかってしまう。

正規の市の職員だとコストがかかるので、簡単な定型型の業務は、いつでも首を切れる臨時雇いの方が使い勝手が良いのだろう。市役所の中にも非正規の雇用が増えている。受付がロボットになる日も近いだろう。

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優位感に応えろ

市税の申告は住所氏名を書いて印鑑押すだけだった。障害年金は市でも把握してるのだから。そんなことでイチイチ呼び出すな。といいたいが行政にへそを曲げられると困るので「すいません」を連発した。上から目線の行政とか権力者相手には「すいません、ありがとうございます」を連発して彼らの優位感に応えろ。甲羅を経た老障害者から諭されたことを実行する。

福岡県障害者の部分もいつのまにか障がい者表記に変更されている。障害者と表記した方が良いのだが。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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