無理をしないように無理をする

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右の肩が痛い。

左麻痺なのでこんな時は辛い。強烈な痛みでは無いのがせめてもの救い。でも、じわりとじわりとした不快感にさいなまれる。若いころはこんなことはなかったが、加齢とともに体のあちこちから異変がおきる。それも悦明のつかないような痛み。麻痺側の筋や筋肉が縮んで、良い方の筋肉が引っ張られて。体が歪んでいる。それが原因かもしれないが、確証はない。病院に行っても異常なし。整体、マッサージ、整骨院にいってもその場しのぎしかならない。じっとしているよりも体を動かした方が良いのかもしれない?

水泳に行こう。

11時38分の巡回バスでクロスパルへ行こう。泳いだら痛みがとれるかもしれない。素人目には痛いなら安静にしていた方が良い。そうおもうのだが。そうすると何もできなくなる。炊事も、家事もできなくなる。寝ているのが一番楽だ。しかし、寝てばかりいると筋力が低下するし。何よりも気持ちが落ち込んでしまう。気持ちが沈むと何もかもが後手に回るような気になる。本当に痛かったら動けないだろうから。今はまだ動いても良いのだろうか。休んでいようか。嫌、頑張って水泳に行こうとか。色んな考えが頭の中を駆け巡る。

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こういうのが神経痛というのかもしれない。

10年前は背中の異様な張りと激しい腰痛で布団からの起き上がりもまもならなかった。そんなときも這うように起き上がっていた。しばらくは痛いが、やがて痛みは治まる。痛かったり治ったりの繰り返しだった。それもやがて治まった。そして今度は頼みの右腕と肩の痛みに襲われる。動かないが良いのか、多少無理しても動いた方が良いのか。悩めるところだ。どこまで動かしたらよいのかは本人しかわからない。ここまではやれるという限界を見極める。「無理をしないように無理をする」という極意を極めなくては。運動していたら痛みのことは忘れていた。なんてことも往々にしてある。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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