障害者介護殺人のリアル

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子殺しという現実

僕が住んでいる古賀市は人口6万ほどの田舎町。博多から20キロの距離にある。住み始めて30年が経過した。この間に2件の介護殺人があった。

1件は25年ぐらい前80歳過ぎた母親が。60歳過ぎた脳性麻痺の息子を殺して自分も首を吊って死んだ。
「自分が死んだら息子の面倒を見る者がいない。世間に迷惑をかけられない」
という遺書があった。

この時はテレビでも報じられ大きく取り上げられた。しかし、こういう問題はだれも触れたがらないのでいつのまにか忘れられてしまった。どこかの施設に入るという手もあるが、親がいて同居していれば行政としても対応が難しいということがある。たとえ重い障害があっても自立して一人で暮らせるようにしておればよかったのであるが、これが口で言うほど簡単にはいかない。親離れ子離れをしておくことは大事だ。

2件目は平成16年、無理心中

古賀市で2回目だ。この時はテレビも新聞にも載らなかった。両下肢麻痺で松葉杖を突く50代の男性が、車いすの妻を浴槽に沈めて殺した。自分も鴨居に紐で首を吊って死んだ。この男性は死ぬ1ケ月ほど前に市役所の障害福祉課を訪ねていたそうだが、どういう事情なのかは。プライバシーを盾につまびらかにされない。また、身体障碍者福祉協会の会員でもあったが。話題にすらならない。障害者のボランティア団体や社協も同様だ。普段は人権を振りかざす市会議員も何も語らない。これが現実だ。

こういう問題が起きたからなのか。行政は「障害者生活支援センター咲」を立ち上げた。福岡コロニーという福祉事業所が運営を受け持っている。

宗教とはリア充の心の落ち着きをするぐらいで、障害者には意味がない

こういうことは日本全国で日常茶飯に起きているが、報道されないだけだろう。介護保険だって。あってないようなもので、大手の医療機関が儲かるだけだ。降圧剤で薬漬けにする製薬会社と病院がウインウイン。弱者救済の名目のもとで大儲けしている組織があるだろうと思う。

念仏をとなえれば死んでから極楽に行けると言うが。そんなものがあろうはずもない。子供でもわかることだ。地獄に落ちなくても障害者は現世が地獄みたいなもんだから。宗教家に地獄に落ちると言われても説得力がない。書いているうちに自分で訳が分からなくなってきた。

僕たちも夫婦二人なので、遅かれ早かれ老々介護にならざるを得ない。その前に妻の母親が介護がひつようになるときがくる。その時に誰が介護をするかという問題もある。僕の両親はすでに亡くなっている。妻の実家には独身の妹と弟が母親と3人で暮らしている。

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最後に

難病を患う妻の介護を、24時間やっている70歳の男性が近くにいる。介護で苦労していることを聞いている。しかし本人が難病だということを。世間に知られるのを嫌がっている。ヘルパーなどの介入を嫌がるそうだ。身体障碍者福祉協会に参加して、バスハイクやスポーツ大会で息抜きをしたらどうかと、人を介して伝えたが24時間離れられないそうだ。この夫婦も危険水域に近づいている。先の2件の二の舞にならなければ良いがと危惧しているが。本人が他人の介護を嫌がるのであれば。周囲は手の打ちようがない。自分もいずれ通る道だ。他人ごとではない。現実を見据えて覚悟だけはしておかねばならない。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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