訳の分からない法要という儀式

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とりあえず義父の13回忌の法要終わって

パソコンの前。お寺さんは福大病院の向こう側にある。古賀から福岡市内を抜けるのに帰りが天神のイムズでまで行くのに渋滞にはまって一苦労。おまけに駐車場も満車で予約したレストランをキャンセルし、千鳥橋ちかくのゆめタウンへ移動。運転は妻がする。
 
居酒屋風レストランへ6人で入る。注文はタブレット端末で。タブレット注文も慣れないと面食らうばかり。注文を何をするかと聞かれ高齢の義母と叔母は困惑。注文の仕方がわからない。

お布施は

 
義母がお寺さんへお包みを渡していたので、いくら包みましたか?と聞きたい心をぐっと飲みこんだ。40分ばかりの読経で、結構な金額になると思う。繁盛しているお寺なので数組の法要が予約されていた。住職と言っても有髪である。剃髪はしていない。公務員を途中で辞めて、嫁の実家のお寺を継いだという御仁である。僧になるための修行もしていないので般若心経を棒読みするだけ、読経も有難味がない。ただ、商売上手なので義母の受けは良い。

輪廻転生は

 
浄土真宗というのは輪廻転生を説くので、我々障害者にはいささか耳障りである。前世に悪行を重ねたから、その罰として今の其方がある。貧困や障害はその報いだから甘んじて受け入れよ。ざっくり言えばそうなる。

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我々には現世が地獄

 
書面だけで得た知識と世襲の地位で住職などと言われても片腹痛い。が、それを言うと義母や義理の叔母に角が立つので言葉を飲み込む。我々障害者には現生のこの世が地獄のようなものだ。死んでから地獄に落ちなくてももう落ちている。テレビにでて仏教の教えをどうたらこうたら講釈を垂れる助平ななまくら坊主よりも。障害者の方がなにがしかの悟りを得ているように感ずる。
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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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