相撲の後援者のことをなんでタニマチというの?

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大相撲の後援者のことをなんでタニマチというの、

大阪の谷町に相撲が大好きな医師がいて、ケガをした力士を無料で治療したり、幕下力士のために、谷町の自宅と病院の間に土俵を作って稽古をさせたり、時には小遣いを上げて可愛がっていたそうです。その面倒見の良さから、元気な力士も「タニマチ」といって通ってくるようになった。それから相撲の後援者のことをタニマチと呼ぶようになり、転じて有名人などの有力な後援者のこともタニマチという表現が定着して行きました。

芸事にしろスポーツにしろその道で食べていけるようになるためには、下積み時代の生活の面倒を見てくれる人がいるわけですね。裕福な家庭の子なら家族が養ってくれるので好きなこともしていられるのですが、貧乏人の子はそうはいきません。誰かの支えが必要なわけで、それがタニマチです。

出生は

医師の名は薄恕一(すすきじょいち)と言って、福岡県糟屋郡筵内町(現古賀市)の生まれで、15歳で出会った医者に、可愛がられたことをきっかけに医学を志し知人を頼って大阪へ。府議会議員を務めたり学校の設立をしたりと政治教育に大きな功績を残した人物だそうです。詳細はここ古賀市有名人名鑑

なぜ太刀持ちと露払いがいるの

相撲では横綱の土俵入りというのがあります。十両の取り組みが終わり幕内の取り組みの間に行われます。あの時露払いと太刀持ちという人が横綱を先導します。武家の習いですね。戦国時代は相撲取りも武士として戦に出て武功をたてなければなりません。大将のそばにいて旗を立てている仕事ですね。大きな旗をには力の強い人が必要です。それと斬馬刀という馬を真っ二つに切る大きな刀を扱うのも力の強い人でないとできません。

露払いとは文字通り大将の先を歩いて、野道の草についているつゆを落としていく役目です。戦国時代は、戦場で手柄を立てると出世して大名となることも夢ではありませんでした。その名残として横綱を一国の大将として見立てるわけです。大名ですから太刀持ちや露払いが必要になります。

江戸時代になると相撲好きの大名に召し抱えられたり富裕層の援助があったり、神社やお寺の境内で勧進相撲という興行を打っていたようですね。勧進というのは寄付のことで、いまでいうならチャリティーショーといったところでしょうか。売り上げの一部をお寺や神社に寄付をするという名目ですね。勧進相撲を行うには寺社奉行の許可がひつようだったみたいです。

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最後に

相撲部屋に行くと幟旗が立っています。幟1枚25000円で、旗竿などが別に25000円かかり、幟を寄付するには合計50000円ほどかかります。それに食事会の費用や様々な名目でのご祝儀も必要ですから相撲取りのタニマチになるには相当な費用がかかるのでよほどの分限者でないと無理ですね。テレビ中継で楽しみます。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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