マムシの皮は、デキ物の膿を吸い出す。

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男性襲った巨大ニシキヘビ、住民たちに食べられる インドネシア

この記事を読んで、さすがに吃驚した。とにかくヘビがでかい。それを住民が食ったというのだから大方の日本人はのけぞるしかないだろう。いつかテレビでニシキヘビに飲み込まれたとかいう番組をみたけど。あれも確かインドネシアだった。それも密林の中ではない。村から少し離れた椰子畑だった。あの辺はパーム椰子の栽培で生計をたてているのだろう。パーム椰子の油は発火性が強いので、第二次大戦中は米軍が焼夷弾として使い、ベトナム戦争ではナパーム弾として使用した。

マムシの皮は腫れ物の膿を吸い出す

子供のころ捕まえたマムシの皮をはいで干していた。干して干からびた皮は腫れ物の膿を出すときに使った。特に尻ね太(シリネブト)ができた時には必需品だった。腫れ物の上にマムシの皮を貼り付けておくと数日で溜まった膿が出てくる。尻ね太(シリネブト)とはお尻や、肛門部のありの門渡りにできる腫れ物のことで、子供のころよくできたので、いつも干したマムシの皮で治していた。

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最後に

マムシの骨は大人が金づちで叩いて粉にして飲んでいた。きっと精力が付くのだろう。昔は農村に行くと玄関や軒先に皮をはいだマムシが干してあった。農村ではマムシを見つけると、足で踏んで、鎌でスパッと頭を落とすのが常だった。それを先を割った竹に挟んで持ち帰る。小学生ぐらいまではマムシの皮だったけど、中学に上がるころになるとタコの吸出しという薬が出てきて、マムシを捕まえる風習も減っていった。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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