ネットラブ講座2

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この物語はインターネット黎明期、スマホもひかり通信も無い時代の話である。

 

メール誤送信騒動

雅子から写真が届いた次の日のことである。忠則がパソコンを立ち上げてみると、おかしな新着メールが見つかった。

<件名:旅のお供を>
「 会社が終わって午後から美容院に行ってきたの。奇麗になった私を見たい、でも残念、想像して。メールチェックしたら一郎さんの宅急便がきていた。嬉しかったわ。会議の前にちょっと刺激しちゃったかしら。会議はうまくいったの。雅子なんて言わなかったでしょうね。この不況を乗り切ることで、どこも大変そうね。一郎さんのところはどう?大丈夫よね。仕事中に恋のメールを書いているんですもの。
さっきは新潟の女性(ひと)のことをよく知らずに、勝手なこと書いてごめんね。メールを読み返していたら、また各駅停車のメールがあったの。お互い同じ時間を共有していたんだなあと思った。今日は何回も有り難う。少しづつお互いを見つめ合っていきましょう。私も各駅停車に乗せていただくわ。これから新潟行きの各駅停車に乗るから、着いたら優しく抱きとめてね」                     雅子

忠則はメールを読んですぐに事態が飲み込めた。雅子が他のメールフレンドに送信したものが間違って忠則の元に届いたのである。きっと送信ボタンを押さずに間違って全員ボタンを押したのだろう。お互いのメーラーはアウトルックエクスプレスなので理解できた。他はどうだか知らないが、アウトルックでは、全員ボタンを押せばアドレス帳に登録されている全員に配信される仕組みだ。大切なメールの送信には十分気を付ける必要がある。特に恋のメールを書いているときはテンションが上がっているので間違いを侵しやすい。案の定そうだった。雅子からお詫びのメールが30分後には届いた。

<件名:いつか見て>

「 メールの誤送信ごめんなさい。送信ボタンと全員ボタンを、間違って押したらしいの。メル友は二人だけど、Eメールを最初に教えてもらった友人の旦那さんへも誤送信したみたい。アドレス帳には、北陸の彼と忠則さんと友人の旦那3人を登録しているいるから。もうとってもヤバイ。忠則さんなら、お互い様で許してくれるかも知れないけど。(でも、ちょっと熱が冷めたかな。雅子にとってはその方がいい。奥さんさんのことが重なって少し冷静に考えられるし。熱くなってこのままいったら方向を間違えるかも知れないから。)
友人の旦那のこと、どうしよう。メールの怖さを見にしみて感じているわ。言い訳もできないし。どうしよう。不倫現場を相手の奥さんに見られた感じ。忠則さん天罰だと思ってるでしょ。もうメールできないかも知れない」   雅子
忠則は、彼女を少しでも安心させよう以下のメールを書いた。

<件名:大至急>
「この世界は誰でも複数のメールフレンドと交信しているから、そういう間違いは相手も僕も理解できることだから気にしないでいいよ。それに僕の家庭は大丈夫。ネットラブにのめり込みはしないよ。ちょっと振りをしてみただけだよ。君が妻の立場を案じることはないよ。でも、友人の旦那に見られたのはちょっとヤバイかな。しかし、その友達も君のご主人にまでは告げはしないと思うよ、友人なんだろ」 忠則

そうは言ったものの、他人に秘密を握られたことには違いない。忠則も心配だったが、そういうけはいを雅子には見せないように努めた。こんなときは、お互いの住まいが近くだったら、もっと相談に乗ってやれるのに。こんなとき、遠距離恋愛は辛かった。あくる日になって、次のようなメールが送られてきたので、忠則はしまったあと思った。

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心の声


「 私は、「大至急」のメールをもらってからずーっと考えていたの。雅子のことはフリをしていただけの言葉…。雅子はフリではなかったの。忠則さんへのメールに偽りの心を持って書いたことは一度もなかったわ。お互いの気持ちは通じていると理解していた。 逢えるものなら九州まで飛んで行きたいと思っていたの。忠則さんと毎日メールの世界にいることが楽しかったわ。恋人の存在が薄く感じられるほどだったの。いままでのメール交換が半分フリやその場のノリであったなら、雅子はとっても悲しいわ。

たかがネットで知り合ったひとりにすぎないかもしれないけど、雅子にとってはふたりしかいない、つくらない、かけがえのない心の友達だったの。だから、ひとりひとりにメールの世界を作り、恋心を語ったり、ときには論争したり、冗談を言ったり、未知の人だから話せる本音を書いたの。忠則さんがこんな面倒なメル友は、と感じたらもうメールはいらないわ。

もっと気楽にいけるメル友がたくさんいるはずだから。いまの気持ちで雅子は忠則さんからメールをもらっても素直に受け取れないし、雅子も書けない。
いま外は雨。たまにはずぶ濡れになってこそ自分を見つめられるし、天気のよさも感じられるのかな。冬があるから春が待ち遠しいように」 雅子

うかつだった。どうせ遊びだと彼女の方もも割り切っているものと忠則は軽く考えていた。だから安心させてやるつもりで何気なくフリをしていたと書いたのだった。それが裏目に出たのである。メールは文字だけのやりとりだから、不用意な言葉の選定が失敗を招く。

そうか。男と女では考えも違うだろうし、あからさまに遊びだと言い切ってしまうもの夢が無いな。若い世代ならそれほど抵抗もないだろうが、40代以上の古い体質の価値観をひきずっている世代ではセックスを楽しむのにも、それなりのロマンが必要と言うことか。そう言えばあるネットナンパ師のホームページに女はいくつになっても夢見る少女として扱うことがネットラブを成功させるポイントである。たとえ結婚して子供を産んでいてもそうなのだと注意書きがしてあったことが思い出された。

でも確かに、ネット上のバーチャルの世界では忠則も雅子を本気で愛したことには間違いなかった。そもそも愛するとはどういうことを指すのだろうか。相手に対して好きだという感情が己の心の中に湧きあがることが単純に愛することだと思う忠則である。好きな女だから抱きたくなる。これが自然な男の気持ちなのだ。性への飽くなき強い欲求が、男にメールを書かせる原動力のひとつであることは否めないだろう。

でないと長文のメールを日に何度も送れるハズもなかった。仮想現実の世界とはいえ、その瞬間瞬間だけは本気で相手を愛していることには間違いない。ただ、のめり込みはしないと言って雅子を安心させてやろうとしただけなのに。忠則は急いで次のメールを送信した。

俺は悲しいよ

「 そんな風に言われると俺は辛いよ。最初はマジだったさ。はっきり言わなかったけどわかるだろ。大人だもん。言葉にはっきり出さなくても気持ちが通じ合う。こんなに気の合う女と出会えてすごくうれしかった。俺は君とのメールの世界にぐいぐい引き込まれていったよ。

顔も見えない、声も知らない。文字だけの会話だけどなぜか心が通じ合う。とても不思議だけどね。自分でもなぜだかよくわからないけど。今までこんなに人と話したことなかったからかも知れない。このまま深みに入っていったらどうしようと思った。だって別れるときが辛いもの。

そんなときにあの誤送信メールだろ。あ。向こうも割り切っているだと思った。そりゃあそうだろうと思うさ。マジに思っていた自分の方が情けなくなって。あんな風に書かないとしょうがないじゃないか。雅子は家庭を壊さないでリアルワールドにも彼氏がいるんだし。それに他のメル友ともネットラブしているとしか思えないよ。

それで少し距離をおいた方がいいと思わないでどう思えばいいわけ。こんなことを言い出す雅子の気持ちが知れないよ。君がそういう気持ならもういいよ。彼氏や他のメル友とうそんな女に惚れてたのかと思うと情けないよ」 忠則

と忠則は、強気なメールを送った。しかしそのことを送信した後で後悔し始めた。このまま終わりたくないという気持がだんだん強くなってくる。雅子の他に5人のメールフレンドと交信をしているが、雅子のような相手は二度と得られない気がして彼女を失いたくなかった。なんとかして関係の修復をはかろうと、素直な気持でお詫びのメールを書いて送信した。

<件名:俺がわるかった>
「 元気ですか。この前はすまなかった。許してほしい。雅子のメールなしでは寂しくてどうしよもない、もう一度やりなおしたい」                  忠則

忠則が心配するまでもなく、雅子からも待っていたように返事が届いた。

忠則さんへ

「忠則さん、許してもらうのは雅子の方よ。ごめんなさい。メールでこんなに悲しみに触れるとは思わなかった。涙でキーボードが見えないぐらい。いつもはもっと早く入力できるのに。でも、いま流している涙は嬉し泣きよ。許してくれて有り難う。雅子はもう誰ともメールしないつもりでいたの。メールの怖さがわかったから。メールって会話以上に生きているんだもの。パソコンは仕事のためだけにしようと思っていたの。こんなにも忠則さんを傷つけ雅子も悲しんだのだから。

でも時間がたつと、もう来るはずのないメールを開けてしまったの。そしたら無いはずの忠則さんのメールがきていてタイトルを見ただけで涙が溢れてきちゃった。さっきから涙腺がゆるみっぱなし。メールを読むと涙が自然と頬をつたわり感情を押さえるのが精一杯。
今日はちょうど主人も仕事で留守なの。子供も2階にいる。居間には雅子ひとりなの。私も忠則さんとやりなおしたい。ネットの中だけでもいいから愛したい。そして愛されたい。雅子から溢れる涙を愛に変えて」                   雅子

ほんの数年前までは、一部のマニアや理工系技術者などの純粋な情報交換の世界だったインターネットが、ウンンドーズ95の登場以来、今や電子メールは感情の交換も簡単にできるようになって、普通の恋愛となんら変わらない。すっかり元のさやに収まったふたりのメール交換は以前にも増して激しくなった。もうお互いに現実の世界で実際に体の温もりを確認せずにはいられないという心境である。先にデートを持ち掛けたのは忠則の方だ。

打ち合わせは綿密に行なわれた。デートの場所は羽田空港がいい。5月いっぱいまでは、航空料金が通常の半額なのである。東京~福岡間がなんと片道13700円という安さなのだ。6月からは片道16000円に値上げされるという。デートの日は5月12日と決まった。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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