ネットラブ講座

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この物語はひかり通信はおろか、ネット接続料金も定額制のない、使った分だけ利用料金が発生する従量制料金だったころのインターネット黎明期の話である。

ふたりのメール交換は、どのネットラブもそうであるように、最初はとりとめのないものから始まった。しかし、男がメールフレンドに期待するものはいわずもがなである。5通目ぐらいから忠則は好意を持っていることを匂わせるメールを送った。最初は、
「文章のセンスがいいですね、簡潔でとても読みやすい」
などといったものから、

「こんなにすてきな文章を書かれるのだから、魅力的な女(ひと)なんでしょうね)
といった風に誉め言葉のレベルを徐々にアップし、
(あなたの文章にひきつけられ、最近の僕はメールチェックの回数がとても多くなりました。雅子さんからのメールが待ち遠しくて待ち遠しくて。あなたのメールを読んでいると思わずドキドキしてしまいます)

といった風に徐々に恋愛モードの文面へ転換させていった。実は、この辺がひとつのポイントになる。相手によってはここでぷっつりメールが途絶えてしまう。こういう手合いは純粋なメール交換を求めている。最終目的がいただく事にあるのなら、深追いしても無駄なのだ。さっさと気持ちを切り替え、新しい相手を探す方が賢明だ。

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           ほめることの大切さ


ネットの世界ではその気にさえなれば相手はいくらだって見つかる。ゆきずりの瞬間湯沸し器のような、後腐れのない恋愛に憧れている女性は以外に多い。と自らのテクニックをホームページ上で公開し、後進の指導に熱心な30代後半の経験豊かなN氏から忠則は聞かされていた。

現実の世界では相手の顔も服装もわかっている。それに声も聞けるから誉める口実には事欠かない。口が小さくてかわいいね。髪がいつもサラサラしていて清潔だ。おやおや。美容院へ行ったのかい。昨日より今日のヘアースタイルの方が決まっているよ。ピンピンはねた感じのヘアーが現代(いま)っぽいね。透き通った感じの声が魅力的だ。などと臆面も無く誉めれば良い。

誉められて怒る人は、まずいない。たとえ誉めてくれる相手がおじいちゃんやおばあちゃんでも。綺麗ですね。ハンサムだといわれれば人間誰しも嬉しい。現代人は意外と誉められるか機会が少ない。会社でも家庭でも学校でさえも、めったに誉められたりはしない。誉められるということは相手から認めてもらえるということだから、人はだれでも人から認められると嬉しくなる。ゆえに誉めるという行為は人間関係の潤滑油となる。

相手に好かれたいと願うなら、まずどんなところでも良いから、相手を誉めてあげることだ。忠則は、これまでの経験から学び、そう信じている。メールの世界は、文字だけのやりとりだから、初めのうちは相手の文章を誉めるしか方法がない。メール交換が始まってすぐは数行のメールが届くだけなので誉めるのにも骨が折れる。写真でもあればヨイショも楽なのだが。普通の女性は最初のうちは、なかなか写真を送ろうとはしない。

すぐに相手の女性から画像がを送ってくるようだと、それはかなり怪しい。男が女になりすましたネカマと呼ばれるネットオカマであったり、悪質な業者の手の込んだ恋愛商法の入り口であったりするのがネットの世界である。

顔も知らない相手をどうやって誉めるのかなどと頭を抱えているようでは、メールの国の不思議な甘美さを体験することはあきらめたほうが良い。めくるめく快感のひとときに身を委ねたいと願うなら、誉め上手になることだ。また、たとえその道を極めたと自負する者でも、日々その修練を怠ってはならない。ネットの世界は、秒進分歩の世界である。少しばかりの実績にあぐらをかいているようでは、じきに高転びするだろう。

とにかく、何が何でも相手の良さを見つけ誉めてやることだ。ちょっとした言葉を捕らえて小さく誉める。これが後でボディーブローのように効いてくる。しかし、誉め方にも気をつけないといけない。余りにも見え透いた誉め方はすぐにウソだと読まれてしまう。うまく誉めるためのコツは相手に惚れることだ。恋愛にウソは通用しない。ただモノにするだけのその場しのぎの言葉なのか。本当に自分のことを好きになってくれた上でのラブコールなのかは、顔が見えないだけに、女性は敏感に察知する。

何も大真面目になる必要はない。メールの世界はあくまでもバーチャルだから、メールを書いているその時だけマジになればよい。誠心誠意、愛情を込めてメールを書くのだ。
「あなたが好きだから。あなたのことが好きで好きでたまらないから。身も心もひとつになりたいのです」

           難しいのはモード移行のタイミング


こんな風に真心を込めたメールを送れば女性もこちらの気持ちに応えてくれるだろう。理路整然としたメールを書いて、たとえば議論に勝利したとしても相手の心は動かない。人間は自己の利益のためか、好きか嫌いかの感情で行動する動物だということを肝に銘じておいた方が良い。とこれもある達人のホームページを閲覧中に発見した言葉である。ふむふむ。なるほど。と忠則は、先達者らの人間観察が的を得たものであることに、舌を巻く思いである。

文章はヘタでも良いから、気持ちのこもったメールを書くことが肝要なのだ。と度々先輩から学び、最近は中流の腕前を自負する昨今の忠則である。ネットラブでは、親善モードから恋愛モードへの切り替えるタイミングが一番難しい。あまり恋愛モードを前面に押し出すとメールが止まることがあるからだ。しかし、茶飲み友達モードばかりではつまらないし、続かない。いつか会えて、もしかしたら、という期待感があるからこそ男はセッセと面倒くさいメール交換を続けられるのだ。ハナから期待できないとわかっているなら、面倒なメール交換など大方の男は見向きもしないないだろう。

中には純粋なメール交換を希望している。とのたまう御仁もおられるだろう。が、多くの男性諸君は、何がしかの下心を持ってメールフレンドを探しているのに間違いはない。また女性の方も夫や恋人以外の男性とトキメキたいという密かな期待をもっている。しかし、それは女性の方からはなかなか言えないのである。

               背徳感がより刺激する


人妻というのは、独身以上にスケベ話に軽い乗りで反応することには抵抗感を持っている。それは「不倫」という言葉の持つイメージが背徳の行為。うらぎり。といったものを連想させ、罪悪感を増幅させるからである。反面、こわいもの見たさというか、本音の部分では「不倫」に対して強い興味と憧れを持っている。自分も恋愛ドラマのように、身も心も焼き尽くす、激しい恋の炎に包まれてみたいという、密かな欲望を隠し持っている。このまま夫と子どもの世話をしながら一生を終えるのだろうか。私の人生は、いったいなんのだろう。ふと立ち止まって考えてみる。私だって女よ。すてきな恋にあこがれる気持ちを持ってどこが悪いの。

とは言うものの、離婚の面倒さと夫に依存しすぎた経済力のなさを考えると、新しい人生に踏み出す自信も勇気もなく、諦めと妥協で悶々としている。
こんな人妻たちを誘惑するとき、「不倫」という言葉は禁句である。「不倫」という言葉の持つ罪悪感を明るく払拭させ、悪いことをしているのではない。と錯覚させてやる必要がある。他の言葉に言い換えて安心させるのだ。

「僕と浮気しませんか」
うーん。これでは軽い。軽すぎる。もう少し、もっともらしい方がいい。「僕と小さな冒険をしませんか」「小さな恋」「ちょっとだけ好きになってもいいですか」うんうん。だんだん良くなってきた。とにかく、彼女たちの心の鍵をなんとかしなければネットラブはおぼつかない。この鍵さえ開けることができれば、大河のような欲求の濁流をメールの中に解放してあげることができるのだが。しかし、それがなかなか難しい。ゆえにここが腕の見せ所と言える。
雅子は最初、おいおい、そんなつもりはなかったと言えばウソになるが、少し早すぎやしないかい。そんなに簡単に知らない人を好きになれるものかね。アタシをそんなに軽くみないで。恋をするにもちゃんとしたプロセスが必要よ。それなりの恋愛経験だってあるし。友達の不倫の相談にも乗ってあげてるんだから。

と一応はこんな風に理屈をこねる。しかし、忠則から送られてくる、「文章も簡潔で上手い。かわいい。好きだ。魅力的だ」などと書かれた心地良いメールの集中豪雨に抵抗できなかった。こんな言葉は夫の口から一度も聞いたことがない。去年から付き合い始めた彼も、最近では、釣った魚には餌はやらないという態度だ。もう誉めてくれることはほとんどしなくなっている。

雅子は誉められることに飢えていた。仕事のことも家事のことも。夫は何も認めてくれない。女としての魅力も。仕事の能力も。私には無いのかしらん。周囲からはそう見られているような気になっていた矢先だからなおさらである。たとえお世辞だとわかっていても、
「好きだ。愛している」

と言われれば雅子の気持ちは舞いあがってしまう。必ず返事は書いた。こうしてふたりともメールの持つ摩訶不思議な魅力にグイグイ引き込まれていった。毎日2~3通のメールが行き来するまでに10日とはかからなかった。メールの世界では親密になる度合いが異常に早いのが特徴だ。

メールの恋愛は普通の恋愛とは違う。それなりの男性経験があって、友人や後輩から恋の相談を受ける大人の女が、まるで中学生のように翻弄されたりする。結婚して子供もいる女性が、家事をしながらメルフレのことをうっとり想うようになっていく。これは、はまってみないとわからない。

見知らぬ男性と知り合い、話をすることなんてなかったしがない主婦は、男の誉め言葉に疑心暗鬼になりつつも、心の中では許してしまう。主婦は誉められることに慣れていないから、お世辞にでも誉められる事には弱いのだ。出産を終えれば、亭主の目から見てはっきり言って女、終わっている。体型も変わり胸はたれアソコも黒ずんでいる。土星の輪のように腰まわりに肉もたっぷりついている。

寝不足でクマはできているし。化粧も最低限。だれだれちゃんのお母さん。とか。おばさん。と呼ばれたりしていれば、知らない人から誉められることに免疫がなく、誉められるとすぐに舞いあがってしまう。

               未知への飛行の始まり

忠則は、10日目になると雅子に愛を告白することができた。不自然さはなかった。未知の世界に足を踏み入れたという仲間意識も手伝ってか、お互いの感情を素直に受け入れることができた。雅子は、現実の世界で告白されているような気がして胸のトキメキを覚えた。姿が見えない分、お互いの想像力が掻き立てられ、感情移入が激しくなる。自分たちが主役を演じる恋愛という虚構の世界へひたすら陶酔していったのである。

顔を見たことも声を聞いたこともない。それでも千キロかなたの相手に、恋愛感情が芽生えるという不思議な人間関係が成立するのがメールの世界なのだ。2週間が過ぎると忠則は、雅子さんとか。あなたは。と呼んでいたのを止めて「雅子」と呼び捨てた。 夫はいつも「おまえ」か「おい」としか呼ばない。男から名前を呼捨てられることが雅子には新鮮だった。
このまま夫と子どもの世話をしながら老いてゆくのかと思うと、雅子の心は空しかった。これからはドキドキすることも楽しいことも無く、満たされない人生を惰性で送るのかと思うと気が重かった。だが。昨夏はタイプの恋人にもめぐり合った。すっかりごぶさたしていた男女の喜びも久しぶりにたんのうできるようになった。と。喜んだのも束の間だった。今度は、その恋人が、妻バレすることを怖がり、とんとつなぎをくれなくなった。恋人とうまくいかなくなったので、その寂しさと、普通の暮らしでは満たされない物をメールに求めた雅子だった。

満たされないものとは何か。それは好奇心や刺激と言えるのではなかろうか。 人生とは本来、先の見えないドラマだったはずだ。しかし、現実の毎日は平凡な淡々とした、何の変化もない人生になっている。その理由は、整備された現代社会に依存した生活によるのだが、ほとんどは己自身の「妥協、馴れ合い、あきらめ、飼い慣らし」の生活態度と思想に起因している。危ないことはやめましょう。安全第一が基本です。そう考えて一生を安泰に過ごすことはりっぱなことだ。世間や家族親族に迷惑をかけないで済む。このように良識ぶった価値観に飽き飽きしていたふたりにとって、電子メールでの交際はたまらなく刺激に満ちた世界となっていった。

忠則はメールの中でKissをせがんだ。雅子は、「じゃあ、おやすみのKissだけにしてね」と夜のメールで書いた。忠則はこの夜、なかなか眠れなかった。 妻の由美子が仕事に出かけた後、PCを立ち上げ、モーニングメールを雅子に送信するのが最近の忠則の日課となった。

雅子は娘と旦那を送り出してから猫と犬に餌をやり、パートにでかける。会社は社長と雅子のふたりだけだ。40代半ばの社長は注文を取ってくるだけで工事の方は下請に丸投げしている。10時頃になると社長は外回りに出かけた。後は雅子の天下となる。事務所のFAX用ケーブルをたぐると上手い具合に25ピンのコネクターが見つかった。自分のノートパソを接続してこっそりメールの送受信ができるようにしたのである。

11時頃にメールチェックすると忠則からのメールが届いている。忠則は朝からKissをせがみ、胸を触らせてくれないか。といった内容のメールを送信してくる。 雅子には、この時間が一人っ切りになれる唯一の時間である。熱いメールをドキドキしながら読み、返事を書く。彼女はメールの中で鼻を鳴らしてやんわりと拒む。忠則は柔らかく拒絶する女の態度にさらに想像力をかきたてられ、夜のメールはさらにヒートアップした。

<件名:おまえが好きだ>
「おまえが今、俺のそばにいるのならすぐにでもおまえを押し倒し、強引におまえの口ビルを奪ってしまうだろう。そして。俺の手は、スカートをたくし上げ……。
ああ。なんでおまえは関東なんだ。翼があればおまえの元に飛んで行きたい。ネットの中でおまえを抱きたい。この夢をかなえてほしい」        愛しの雅子へ~忠則

雅子は、このメールを家族がいる自宅の居間で受信した。テレビを見ている夫を横目で見ながら熱いメールに目を凝らす。男からのメールを読んでいると背後に夫の視線を感じるような気がする。旦那から心の中を見透かされているのではないかと不安になる。が。この緊張感がいっそう雅子の心を高ぶらせる。

忠則は寝る前にメールチェックしたがテレホタイムで混雑してつながらない。しかたなく蒲団に入った。だが眠りが浅く、夜中に目覚めた。こっそり起きてPCを立ち上げメールチェックした。待ちわびた雅子からの返信が届いていた。

<件名:お休みなさい>
「忠則さん。お休みメールが遅れてごめんなさい。熱いメール。嬉しかったわ。雅子から軽くお休みのKissをチュッ。     大好きな忠則さんへ~雅子」
忠則は、雅子からのお休みメールを読んでようやく眠りに就くことができた。雅子が1人で事務所にいると、尋ねて来る営業マンに食事を誘われることも多い。

 

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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