補装具の申請をした。

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台風の影響か風が吹いて暑さも和らいでいる。しかし、直射日光を浴びれば汗ばむ陽気だ。台風の影響が終われば、また湿った暖かい日の再来が予報されている。秋の到来は9月半ばの筥崎宮の放生会まで待たねばならないだろう。箱崎までは古賀から15キロほど離れている。若いころは筥崎宮の参道に並ぶ露店目当てに出かけたが最近はトントご無沙汰している。加齢のためかだんだん出不精になるのだろう。

8月31日古賀市のサンコスモで糟屋地区の身体障碍者の厚生相談が行われた。シフォンタイプの補装具が作って2年になる。ベルトに靴下の毛玉がついて接着が悪いので、ベルト交換と足底の張替えを頼むつもりで申請書を出していた。すると新調もできるので修理、新調どちらでも可能と言われた。

昔は装具の耐用年数は4年だった。それが最近は2年になったらしい。つまり2年に1度は補装具を公費負担で作れる。費用の自己負担の割合は同居家族と本人の収入で違ってくるらしい。せっかくなので新調することにした。こういう場合、医者の診察を受けねばならない。医者が現在の装具を見て、修理か新調かの判定を下す。

県の指定医というのは、昔は、高齢でどこか上から目線で、障害者はとっつきにくく、はいつくばるようにお願いしていた。今回の医者は40代ぐらいでざっくばらんな様子を垣間見た。
「先生はお盆芸人のアレに似ているね」
そういうと、側にいたアシスタントの女性が
「アキラ100パーセントですか」
そういわれと医者は、
「そうですか、初めて言われましたよ」
え、これまで誰にも言われなかった。

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装具はコレ

医者の診察を終えると別室で足に石膏のついた包帯をグルグル巻かれて、補装具の型取りがり。装具の申請書に書き込んで出した。10月3日に再びサンコスモに来るように告げられた。装具の仮合わせがあるのだ。

 

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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