整骨院はなぜ保険がきくのか?

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脳卒中も長くなるとPTやOTといったひとたちよりもマッサージ師とか装具屋さんとか整骨院との付き合いが多くなる。片麻痺があると体が歪んで、腰痛などあっちこっちに痛みが生じる。こうなるともうリハビリどころではなくなり、痛みを取ろうと必死になる。病院、整骨院を梯子するが、それが後遺症だ、神経痛だと言われ、低周波とホットパックでお茶を濁され打つ手無し。

昔は、整骨院は実費で保険はきかなかった。が最近は整骨院でも保険の適用ができるようになった。マッサージもしてくれるので高齢者や障碍者に人気だ。プロのマッサージに行くと高額なので、保険のきく整骨院に流れてしまう。しかし、整骨院でマッサージは5分程度。ほぼサービスみたいなもので、アルバイトの素人が揉んでくれるので、後で揉み返しがきて何のためのマッサージかわけわからんようになることもある。それでも誰からも相手にされない高齢者や障碍者は通う。治療というよりも世間話をしにく感じ。

しかし、きくところによると、マッサージで保険を使うのは違法らしい。整骨院では打ち身捻挫などの治療しかできないと聞いて驚いた。現実はだいたいどこにいっても整骨院ではマッサージをしてくれる。マッサージをしないと患者がやってこないのである。外傷は病院にいくので揉んでくれない整骨院の存在意義はないに等しい。現金払いのマッサージにはそうそうはいけない。緊急時のみである。

整骨院に行くと、真っ先に書類を出されて名前を書かされる。なんのことかというと、患者が確かに治療を受けたという証明書になる。そんなことはしらないから、言われるままにサインしていた。治療を受ける前に治療を受けたとサインするのだからおかしな話である。マッサージを受けたのにレセプトには打ち身やねん挫と記入してある。要するに白紙の委任状にサインしていることになる。

もちろん真面目に施術の腕で患者を呼び寄せている整骨院や整体なども多い。カイロプラクティックなど、なかなかのものもある。ただし、怪しい民間療法もあるので、腕の立つ施術者を見つけるのが難しい。最近整骨院が増えた。人口6万の我が街に30近い整骨院がひしめいている。

どうしてこんなに整骨院が増えたのだろう。それは柔道整復師の数が増えたからに他ならない。医者になるのと違って柔道整復師の資格は比較的簡単にとれるから人気のようだ。ある整骨院の若先生がそういっていた。簡単といっても3年は専門の学校へ通わねばならない。

整骨院ってそもそもなんなんだろう。むかし田舎にいくと骨接ぎの看板があがっていたが、あれが原点だろう。田舎には病院がないので、その辺の農家の親父が骨接ぎがうまいときけば村人がやってきた。

柔道をする人は練習で、打ち身や捻挫と常に向き合わねばならない。格闘の練習にはケガはつきものだから、その治療法にも熟練していた。そういう経緯があるので、柔道家には特別に打ち身捻挫に限って治療が認められた。まあ、戦後は田舎では医師不足で、兵隊から戻った衛生兵が外科の治療をしていた。それがやがて何々外科という看板をかけてしまう。

2等兵の衛生兵が戦後故郷に帰って外科医になったケースは多い。終戦後混乱していたし、医師不足なので厚生省も黙認していた時期があるときく。小学生のころ母が入院し手術したが、あの先生は「衛生兵あがりやもん」と村人が話していた。

整骨院が保険請求できるのは問題があると、一時国会でも問題になりかけてが、一度決めたものを簡単にやめられない。それに真面目に取り組んでいる整骨院も多い。という意見に押し流されたと聞いている。要するに業界が政治力を発揮したということのようだ。整骨院については不正請求で医療費の圧迫を加速しているとの懸念から、後期高齢者保健では、正しい整骨院の使い方という封書が届きアンケートを求められるが、カルテの書き方が難しいので、整骨院へもっていかねばならず、結局有体にはかけない。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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