腰痛は水泳で治せ

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脳卒中で半身不随になると、縦方向に手足が麻痺する。左の手足が麻痺しても右の手足は正常に動くという変な具合の麻痺だ。(逆の場合もある)

手足は2本そろって動くようにできているので実に妙な具合だ。ボールペンが持てるからと書類に書き込もうとしても左の手で紙を押さえられないから、紙がヒラヒラ動いて上手く書けない。右足が動くからと思っても1本足で歩くようなものだから、相当の修練がいる。それも補装具や杖といった補助具の手助けがいる。

こういう風に体が縦方向に麻痺していると、麻痺側の筋肉や筋が縮んでしまう。動かさないでいると脳がこの部分は必要ないと判断して縮んでしまうのである。そうなると健側の筋肉と筋が引っ張られることになる。体が歪んでしまうので色々な不都合が起きてくる。

アキレス腱が縮むことによる内反尖足が複合的に発生し歩行困難となる。だいたい麻痺足が1センチほど短くなる。こういう状態でも歩かないわけにはいかない。異常歩行だから腰痛や背中の異常な張りで痛くてたまらない状況に追い込まれてゆく。

整形外科に行っても整骨院に行っても後遺症ですね。と言われて、物療室に連れていかれて低周波治療、超音波治療など、いかにも効き目がありそうな療法がおこなわれる。アルバイトの助手がいてホットパックをしたり5分ほどマッサージのまねごとをしてくれるが、痛みはいっこうに治まらない。

このままでは歩けなくなることにも備えておかねばとセニアカーを購入した。水泳が腰痛に良いと聞いて、重い腰を上げて水泳を始めた。最初は溺れそうになり、死ぬほどきつかった。しかし、苦しいながらも続けていると腰痛はだんだんと治まってきた。腰痛は完全に治ったわけではないがかなり楽になったけど、背中の張りは解消された。背中の張りが取れたことはうれしい。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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