米イージス艦とコンテナ船の衝突で、賠償金はどうなる?

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アメリカ海軍のイージス駆逐艦フィッツジェラルド(満載: 8,362 トン)とフィリピン船籍のコンテナ船(29060トン)が衝突したと報じられているのを見て仰天した。イージス艦と言えば、ICBMをも撃ち落とすという最先端の軍艦である。それがみるも無残な姿をみせている。イージス艦というのは遠くからミサイルを打つので対艦でのの戦闘をしないようにできている。一般的な軍艦は鉄でできているが、イージス艦は、上部構造物にはアルミ合金が多く使われている。そのため衝突には弱いといえ、そのことが実証されたともいえる。

さて、問題はどっちの船が悪いかということだ。素人目にみればコンテナ船が悪いようにも見えるが、これは海難審判の結果を待つしかない。コンテナ船側はイージス艦が悪いということを実証しなければ天文学的な賠償金をしはらうことになるかもしれない。そうなれば当然コンテナ船の所有者は破産は免れないであろうが、アメリカ海軍がそんなことをすれば超大国の威信は失墜するだろうから、どういう対応をとるのか難しい判断をせまられることになる。

船同士の衝突事故で思い出すのは、いろは丸事件である。慶応3年4月19日。坂本龍馬の海援隊が伊予大洲藩から借り受けていたいろは丸と紀州藩の軍艦明光丸が瀬戸内海で衝突して、いろは丸は沈没した。この件で竜馬は紀州藩と万国公法を持ち出して交渉しし、8万3526両を賠償金として勝ち取ったとされているが、後に紀州藩が苦情を言ったとかで最終的に7万両まで勉強させられている。

この7万両の中から大洲藩に4万両ぐらいが船の代金として支払われ、残りの金を全部やるからと岩崎弥太郎に土佐藩の借金も負わせたといわれている。そのころ土佐藩の借金はかなりの金額で、2万や3万両ではとても反せない金額だった。土佐藩の借金を岩崎弥太郎が一人でかぶったわけだが、これを返すために岩崎は長崎で商いを始める。これが後の三菱であることはよくしられたことだ。

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最後に、

さて、今回のイージス艦とコンテナ船の衝突はどんな風になるのか興味新線である。

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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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