漠然とした不安

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最近歩くのがずいぶんと楽になった。麻痺足が上がるようになったのと、体重を支えているという感覚がでてきたからである。これまでは感覚もないし、足は突っ張って膝が曲がらないので、ぶん回し歩行がひどかった。
足首は垂れているので、靴の先端がすぐに破れてしまう。足を上げて地面を蹴って推進力を確保することを念頭においていこう。
大事なのは手を振って歩くこと。手を前に出すと足は地面を後方に蹴る。四足歩行していることをイメージすると歩きやすい。手と足は連動して動いているので、足だけに気を取られていた我流の歩行訓練の効果はなかった。
 
手を振って、体全体を使って歩く訓練をしたいと強く思う。などと文字にするのは簡単だけど、実行するとなると、気の遠くなる時間と忍耐力と孤独感に見舞われて、容易ではない。時々思うのだが67歳になって、あと何年生きていられるだろうか。人はいずれ必ず死ぬ。なら、もう面倒なリハビリなどやめてしまおうか。
 
しかし、そうなると体や関節は固くなり心身ともに衰弱してゆくだろう。それも嫌だねなあ。夫婦二人だから先行き老々介護が待っている。今後支出は増えても収入の増加は見込めない。テクノロジーの進歩はすさまじく、団塊世代の概念など浦島太郎状態である。
 
外は台風並みの強風が吹き荒れている。買い物に出るのも二の足を踏む。今の季節にこのような天気を体験したことがない。環境の変化というのも恐ろしい。一人でパソコンの前でぽつねんと座っていると否定的な考えが頭をよぎる。もう昔のように飛行機に乗って東京へ。という心境に慣れない。これが老いたということだろう…。

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最後に

痔の出血がなかなか止まらない。大出血ではないがやはり気になる。それで昨日行きつけの「かいクリニック」から古賀中央病院あてに紹介状を書いてもらうように依頼した。9日の金曜日に紹介状をとりに行く。そして午後から診察を受ける段取りをつけた。かい先生の一押しは福岡市東区のかもり外科だったが、遠方すぎる。やはり病院は近い方がよい。どうせ痔の完治はしないのだから。うまくいけばめっけもの。
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まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

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