養鶏とスイカ

スポンサードリンク

199/07/
古賀市の福祉センターで若年性脳卒中後遺症者の機能訓練教室が催されていたので1年間参加した。

。その活動の一環として西瓜の立体栽培を試みた。地元のテレビに連絡すると、収録にやってきて、夕方のニュースで流れた。
2000/03/をもって機能訓練教室が終了。それから自主的な障害者サークルwakabaとして活動に移る。畑の跡で鶏を飼い始めた。

スポンサードリンク

養鶏

仏壇やのおぢさんが碁石という種類のメスのチャボを1羽くれたので、これに卵を抱かせて
親鶏孵化を試みた。ひよこはいつまで見ていても飽きないほど可愛い。

これはひよこを買ってきて育てた鶏である。近くの保育園児らが先生に連れられて
鶏小屋へ遊びにやってきた。

卵は毎日20個も生まれる。平日は福祉センターでさばけるが、連休ともなると、
卵でいっぱいになるので、団地のお年寄りに買ってもらった。

詳細はこちら

The following two tabs change content below.
まこっちゃん

まこっちゃん

元自動車会社工員、配管工、自動車洗車場、呉服担ぎ屋、土木作業員

昭和61年、琉球大学キャンパス内で架橋工事中に突然脳内出血に倒れる。
以降左半身不随の後遺症が残り1種2級の身体障碍者となる。

昭和64年(平成元年)リハビリセンターで入所中に知り合って交際していた女性職員と入籍。
福岡県粕屋郡古賀町(現古賀市)へ転居。彼女が働き、家事全般は夫がする暮らしを始める。生活費は折半。いわゆる「主夫」となって今に至る。

スポンサードリンク